Ⅵ 上

 それなりの出費があった先週末。必要経費だったとはいえ、財布の中が諭吉一人だけとなるといささか心許ない。

 そういう経緯もあり、佐々木は三ッ葉銀行に来ていた。

 建物内にもそれなりに人が居るようで、どのカウンターも人が座っている。とりあえず、備え付けのソファーに腰を下ろす。

 生ぬるく暖房の効いた室内は、喧騒が丁度いいBGMとなってどことなく落ち着く空間となっていた。

 ポケットで携帯が震えた。取り出した携帯の液晶画面には今沢百合子の文字。

 普段、連絡してこないのに珍しいこともあるものだ。それよりも、一体何の要件だろうか?

 そんな事を頭の隅で考えつつ、迷惑にならないように室内の端へ移動してから通話ボタンを押した。


「もしもし」

『あ、佐々木くん。あなた今どこにる?』

「三ッ葉銀行ですけど……」

『それなら直ぐに署に戻ってき来て』

 なぜか慌てた様子で捲し立てる百合子さん。

『ちょっと面倒なことが起きてるのよ』

「そうですか。……十五分後には戻れます」

『じゃあ、そういう事でよろしく』

 チラリと床へ向けていた視線を上げると一人の女性が出口へ歩いて行くところだった。そして、その女性と一緒に視界に写ったのは窓ガラスを破らんと言わんばかりに猛スピードで走りこんでくる鉄の塊だった。


 女性の悲鳴が響き渡ると同時に軽トラックが突入してきた。

 飛び散ったガラス片があたりに降り注ぐ。あまりのことに銀行にいた人たちが呆気にとられていると軽トラックの荷台から一人、席から二人が降りてきた。うち一人が手を頭上にあげると同時にパンッパンッパンッと、破裂音がした。

『何? 今の音?』

 小百合さんの声が聞こえるが今はそれどころではない。

「メイドが強盗に」

 銀行に乗り込んできたのは三人のメイドたちだった。

 ただし、世界中、どこのメイドも持たないであろうものを持ち、メイドというのにはあまりに物騒な姿をしていた。


 そう、銃を持っているのだ。

 それにメイド服は様々な部分が戦闘用に改良されており、一〇個近いマガジンポーチは全て埋まっている。マガジン一つに三〇発入るとして三〇〇発。その他にもチラリと見えるだけでもフラググレネードを数個、腰の大きめのポーチにも何かしらの武器が入っていると考えるべきだろう。

 ……戦争にでも行くのかと言いたくなる戦力だ。少なくとも、平和な日本の地方銀行を襲撃するには過剰戦力と言わざるおえない。

 一人は小柄で制服でも着てれば中学生にも見えるかもしれない。逆にもう一人は一八〇センチ近い身長にそれに並ぶほど大きく威圧感を放つ胸を持つ女性であった。

しかし、俺に一番プレッシャーを与えたのは中央に立つメイドであった。手に持つのは特徴的なマガジンのPPShー41を一丁だけ。小さいメイドはスコーピオンを二丁持っているし、大きいメイドはあろうことかミニミを下げている。脅威の度合いだけで見れば彼女は一番怖くない存在だ。

 存在のはずなのだ。

「全員、両手を上げて膝をつけ! ヒーローになろうとするなよ! 命が惜しいならな」

 一番小さい少女が声をはりあげる。その躯体に見合わずよく響く声だ。


 警備員も銃を突きつけられてしまえば何もできない。

 彼女たちがロビーの全員を無力化するのに要した時間は実に五分程度だった。携帯電話を始めとした通信機器や武器になりそうなものを回収していく。ガラス窓にはブラインダーやカーテン、時にはそこらへんにある板と椅子で塞いでいく。

 手際の良さ、そしてセオリーに則った行動。見ただけで、彼女たちが強盗というものだけではなく、籠城戦にも慣れていることが伺える。

 そして、その間で佐々木が分かった事といえば彼女たちはお互いのことをゲーム機の名称で呼び合っていることくらいだった。

 一八〇センチ近い身長に牛を模したマスクをつけているのはプレステ。

 スコーピオンを二丁ぶら下げた一番小さいのがキューブ。

 そして、猫耳のようなヘッドセットをつけているのがサターン。

 彼女らは布を被せられた軽トラの荷台からなにやら荷物を降ろしだした。

「私とプレステで、こいつを組み立てる。キューブはこっちを見てて」

「ん、分かった。じゃあサターン、セットできたら呼んで。数人引き連れてそっちに向かうから」

「オーケー、ここは任せたよ。プレステ、いくよ」

 話を終えるとサターンとプレステは銀行の奥へ進んでいった。

 それを見届けたキューブ。チラリと視線を向けた先にはカーテン越しに見える影と耳を劈くサイレンの音がある。

 五月蝿いのが気に食わなかったのか、彼女は眉間にしわを寄せた。そうして、おもむろにトラックの荷台に飛び乗ると布を取りはらった。今まで隠されていた荷物があらわになった時、佐々木は思わず声をあげた。

 それもそのはずだ。何せ、トラックの荷台に乗せられていたのはM134軽機関銃だったのだから。


 M134軽機関銃。通称ミニガンと呼ばれるそれは7.62ミリ弾を最大で一秒一〇〇発の発射速度を誇る機関銃である。生身の人間が被弾すれば痛みを感じる前に死んでいるという事で、無痛ガンという別名も存在する程強力な銃である。そして、それだけの危険性を持つ銃であるが故に、軍隊などの組織は別として個人的に入手する事は難しい銃なのである。

 佐々木はSATに所属していたことはなく、また、一般人では入手困難な物である為に今まで本物を見る機会がなかった。だからだろうか? 銃口を向けられたわけではないが、佐々木はあまりの獰猛さを感じ手が震えていた。

 キューブは人質にカーテンを開けるように指示を出した。久しぶりの陽の光と共に数台のパトカーを盾にするように十人ほどが立っている様子が銀行内に入ってきた。

 彼女はニヤッと獰猛な笑みを浮かべるとミニガンのセーフティーを外し、発射ボタンを押した。状況が飲み込めないのか、惚けた顔の警官たちに容赦のない銃撃が開始された。

 まるで蜂の羽音のような、それでいて一つ一つの破裂音が死神の鎌となって襲いかかる。

 割れたガラスが飛び散り辺りに散乱した。


 十秒? 二十秒? それほど長い間ではなかったように佐々木は感じていた。しかし、その短い間に、銀行の正面に駐車してあったパトカーは全て穴だらけにされ、使い物にならなくなっていた。

 キューブの足元には文字通り溢れるほどの薬莢が転がっていた。一通り撃って気が晴れたのか清々しい顔で荷台から降りてくるその姿は、外とは対照的だった。





        *


「よし、発破!」

 カチカチカチ。

 三回のノック音の後  弾ける様な閃光、そして、地響きにも似た轟音と熱を含んだ暴風がここにいる全員を襲った。

 思わず堅く目を瞑ってしまう。

 あたりの音も消え、恐る恐る目を開ければ、そこには綺麗に扉の部分をくりぬかれたようにぽっかりと穴の開いた金庫室と、山のように積み上げられた札束があった。


「フフフ。さすが、私のC4ちゃんと溶爆ちゃん。手作りでも問題ナシ!」


 実際、目の前にこれほどの大金があると誰でも高揚するだろう。現にこの場で騒いでいるのは強盗三人はもちろん、連れてこられた人質もその内心を隠しきれていない。佐々木もその一人だが。

「ほら、とっとと金をカバンにつめな。一番に詰め終わった奴には十万をくれてやる!」

 キューブが眼前で無い胸を張りながらそう言うと、人質は目の色を変えてカバンに札束を詰め始めた。

  パリン。

 ガラスが割れる音が遠くの部屋からしたのを、騒がしい金庫室内でも佐々木の耳は確かに捉えた。強盗少女三人もそれを聞き逃すこともなく、装備の補充やヘッドセットの通信確認などをあっという間に済ませ臨戦態勢に入った。

「サターン。あんたここに残って資料を手に入れて。その間は私たちで抑えるから、終わったら連絡を頂戴」

「わかった。気をつけてね」

「私を誰だと思ってるんだよ。ゼッテーここには警察は入れさせないよ」

 マガジンを挿し込み、コッキングレバーを引く。おそらく、マスクの下では不敵な笑みが浮かんでるのだろう。

 実に楽しそうに、彼女たちは戦場へと駆けて行った。

 彼女たちを見送ったサターンは、いまだ惚けている人質たちへ向けて手をパンパンと叩き自身へ注目させた。

「それじゃあ、あなた達には仕事をしてもらいます。ここにはいくつかカバンが用意してあるから、それにこの金を詰めていく簡単な仕事です。全て詰め終われば、この場で約束の十万円を渡し、自由の身になります。

 警察に保護してもらうのも良し、裏からバレないように逃げるもの良し。私としては後者の方がオススメかな。警察に行ったら十中八九そのお金没収されるだろうから」

 まるで学校の先生のように分かりやすく説明していくサターン。

「では、作業を始めてくださーい」

彼女の号令で、この場の全員が作業を開始した。まるで、還収されている囚人のようだと佐々木は思った。

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