狙撃事件に巻き込まれてからわずか約三時間後。

 突如、署長から呼び出しの連絡が入り、今沢の先導で第二会議室へ足を踏み入れたのが一〇分程前のこと。

 事件のあらましを報告した後、今沢は署長へ尋ねた。

「それで? 彼らは何ですか?」

 怪訝な表情で俺は彼らを見た。

「名乗り遅れました。警視庁の笠池かさいけ敦司あつしです。コッチの彼女が海堂かいどう葵衣あい。宜しくお願いします」

 それに答えたのは署長ではなく眼前にいる男であった。彼らの服装は全身を包む様な大きさのコートを羽織り、手にはキャリーバック大のカバンを持っている。


「早速ですが、三時間前に発生しました銃撃の件について少し伺いたい事があるので」

「そうでしょうな」

 署長が頷くと、海堂は懐から一枚の写真を取り出した。

「狙撃されたのはこの男で間違いないですか?」

「ええ、確かにこの男でしたが、それが何か?」

 渡された写真を返しながら尋ねると、返ってきたのは答えではなく、別の質問だった。

「この男が所持していたのは拳銃一丁のみだったとされていますが、それ以外に何か身に着けてませんでしたか?」

「特に無いと思います。詳しい事は、鑑識の方が詳しいと思いますが……」

「いえ、実際にその場にいた方の情報というのは大事ですから」

 あの場で、何もできなかったと、自分のことを卑下したような言い方をした佐々木に対して、海堂は軽いフォローを入れる。


 その後もつつがなく情報をやり取りすることができた。二人も、訊きたいこともあらかた訊き終えた頃、笠池の携帯が鳴り出した。彼はすぐさま廊下に出て行ったが、もう一人は残った。終わりに近付いたとはいえ質問を止める気は無い様だ。

「狙撃に使用されたのは7.62ミリNATO弾だと見識には書いてありましたが、同時に発泡位置は不明ともあります。これについて説明を」

「発泡炎は確認できませんでした。発泡音に関しても同様です。あくまで、発泡はこの一発のみだったので」

「そうですか……」

 海堂さんは廊下の方へ視線を向けた。それにつられて、佐々木と今沢の二人も廊下へ目を移す。笠池さんが何やら手招きしていた。

「今日の所は失礼します。また伺うこともあると思いますので、その時はよろしくお願いします」

 彼女は一つ礼をすると、クルリと踵を返した。その足取りに言葉にできない違和感を感じたが、結局それが何なのか分かることが無いまま彼女たちはここを去った。

「あの人達、ロングコートで分かりにくかったけど、腰に拳銃を下げてたね」


 今沢は書類に目を走らせながらなおも続ける。

「それに多分、あの持っていたカバンにも何か入っていると思う。あの重たいカバンを持っていたのにブレがとにかく少なかったし、歩き方ひとつ取ってもお相当訓練を積んでるのがわかる」

 どうしてそんなことを見分けることが出来たのだろうか。佐々木はそんなことを考えていると、彼女はニコリと笑みを浮かべた。

 その笑顔に、彼は何も聞けなかった。

「そうだ。今沢、佐々木、ちょっと待ってくれ」

 話もそこそこに佐々木たちも退室しようと踵を返したところで、珍しく署長が二人を呼び止めた。

「さっきの彼らだが、アポを取り付けられる時に私も不審に思い警視庁にいる先輩に少し聞いてみたんだが……無いんだよ」

「はい?」

 佐々木は思わず聞き返してしまったが、それほどまでに今の言葉は容量を得ないものだった。

「笠池敦司と海堂葵衣という警察官は警視庁にいないそうだ。ただ、笠池敦司という人物に関しては数年ほど前まで警視庁の一課にいたそうだ。ただ……」

「ただ、なんですか?」

 彼女が促すと、署長は声を潜めて言った。

「ただ三年前、事件の捜査中に殉職したそうだ」

 本来ならば死んでいるはずの男と、存在しない女。

 幽霊というわけでもない。さっき、確実に二人は実在していたのだから。

「……それじゃあ彼らは−−」

 ならば、彼らは一体何者なのだ?

 言いえぬ不気味さを孕んだ空気が署長室内に降りた。

「とりあえず、この件に関しては嗅ぎ回るな」

「どうしてですか?」

「上からの命令だ。分かってくれ」

 佐々木は何か言おうと口を開きかけたが、結局声を出すことなく口元を歪めただけだった。その表情には悔しさの色が浮かんでいた。

 だが、それは署長も同じであった。二人の後ろ姿を見つめる彼の瞳には一体どんな思いがあったのだろうか。

 それは、本人しか知りえないことでもある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る