みぃちゃんと金魚さん

姶良守兎

みぃちゃんと金魚さん

 ぶぅーーん……。

 水槽のポンプの音。


 ぶくぶくぶくぶく……しゅわしゅわしゅわしゅわ……。

 ポンプの泡の音。


 そしてわたしは水槽をじぃっと見てる。


 わたし、みぃちゃん。三歳の女の子。水槽で泳いでいる金魚さんを見るのが、大好きなの。金魚さんって、とってもきれいだわ。それに、ずっと見てても、ぜんぜん、飽きないの。

 きれいな金魚さん、大きなヒレをゆらゆらさせて、ゆっくり泳いでる。赤と白の模様が、お姫様のドレスみたい。


 ぶぅーーん……。

 ぶくぶくぶくぶく……しゅわしゅわしゅわしゅわ……。


 わたしはリビングで、金魚さんをじぃっと見てる。水槽の前に座って、金魚さんを眺めているのが、大好きなの。ゆったり泳いでる金魚さん。ゆらゆら、ゆらゆら……ひらひら、ひらひら……。


「ねえ、お姉ちゃん」ママの声がした。

「なに? ママ」お姉ちゃんが答えた。

「みぃちゃん、さっきからずっと、水槽の前から動かないんだけど、大丈夫かしら……ママなんだか心配だわ」

 ママはなんだか心配してくれてるみたい。普段のママはとっても優しいから、大好きなんだけど……でも、心配しすぎるところ、なんだか、ちょっとイヤ。だってわたし、もう、赤ちゃんじゃないのよ。


「大丈夫よ、ママ、心配しすぎだわ」

 お姉ちゃんがそう言った。わたしのことをよくわかってくれる、大好きなお姉ちゃん。ずいぶん前に、お祭りの金魚すくいで、金魚さんを取ってきたの。わたしは、お祭りには行ってないけれど、お姉ちゃんがそう言ってたから間違いないわ。

 最初は金魚鉢で飼っていたのだけれど、金魚さん、エサをいっぱい食べて、どんどん大きくなってしまって。それで大きな水槽に移し替えたってわけ。


 ぶぅーーん……。

 ぶくぶくぶくぶく……しゅわしゅわしゅわしゅわ……。


 わたしは金魚さんを見て、うっとりしてる。とってもきれい。

 きれいな金魚さんが泳ぐと、おおきなヒレが、ゆらゆら……ひらひら……。そんな金魚さんを見てると、なんだか、わたし……不思議な気分なの。


「ねえ、お姉ちゃん、そろそろ宿題しなくていいの?」

 さっきまで優しかったママ、ちょっと怒ってるみたい。ママはいつもお姉ちゃんに勉強しなさいと言う。優しいママは大好きだけれど、そういうところはきらい。お姉ちゃんは小学生。小学生は子供なんだから、遊ぶのが仕事なのよ。子供のうちの、今しかないの。ねえママ、わかってる? わたしは、口には出さないけれど、心の中でそう思った。


「はぁーい」

 お姉ちゃんは、あきらめたように、そう言った。お勉強は、あまり好きではないみたいね。わかるわ。わたしも、そういうの、きらいだもの。

 お姉ちゃんは、水槽の近くにある勉強机で宿題をはじめた。ママは晩ごはんの支度をしに台所へ行った。


 ぶぅーーん……ぶくぶくぶくぶく……。


 水槽には、泡が、次々と、たくさん出ている。きらきらしてて、とってもきれい。その泡のむこうから、金魚さんがこっちを見てる。口をぱくぱくして。そしてわたしも、金魚さんを、じっと見てる。金魚さんって、とってもきれいだわ。それに、金魚さんを見てると……なんだか……わたし……。


 そう……わたし……。

 わたし……ね……。



「キャーーーッ!」

 突然、お姉ちゃんの叫び声が聞こえた。

「ママ、大変!」

「えっ? どうしたの?」

 ママもびっくりしてる。何か大変なことがあったのかしらね。


 でも、わたしには、もっと大事なことがあるの。なぜって、わたしはとうとう、水槽の中の金魚さんをつかまえたのよ。金魚さん、ものすごく暴れてる。ぴちゃぴちゃぴちゃぴちゃ……でも、わたしの爪にかかったらもう逃げられないわよ。覚悟しなさい。そして……。


「ママ大変! みぃちゃんがぁー! 金魚さんがぁー!」

 お姉ちゃんは泣きながら叫んでた。わたしの大好きなお姉ちゃんを悲しませたくはないけれど、でも、こればっかりはどうしようもないの。これって、本能っていうのかしら……なんだか、よだれが出てきちゃったにゃぁ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

みぃちゃんと金魚さん 姶良守兎 @cozy-plasoto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る