第27話悲劇なんて認めない
もう教会の人間が迫ってくるのが分かる。
目の前の集団は、マッチ売りの少女が倒れたことに驚いている。
もう待っている暇はない。
「うぉん!」
思わず叫び声をあげて、飛び出した。
目の前の男たちはいきなり現れた僕に対して、驚きのあまり、体勢を立て直す事が出来ていなかった。
とりあえず、目の間の猟銃を持った男の股間に一撃を加え、アイツの仇をうっておく。
アイツが何を考えて、何をしたのかわからない。
でも、目の前の男たちは皆、ずぶ濡れだった。
猟銃を持った男は後二人。
『野生の勘』が働いて、どこに撃ってくるのかが分かるみたいだった。
それを回避しながら、股間にかぶりつく。
我ながら、やっていて気持ちのいいものじゃないけど、とにかく今は、やらなければならない。やらなければ、やられる。
そして、中途半端にやっては、発動しないかもしれない。
後ろからやってきた男の中に、猟銃を持った者は一人だけだ。
そいつが撃ってくるまで、必死にあがかなくては意味がない。
『もうアカン』を発動し、『死んだらアカン』でマッチ売りの少女にかぶりつく。
もうこれしか残されていない。
こうすれば、少なくとも葛西だけは評価を下げずに済む。そして、後は葛西がマッチ売りの少女の物語を仕上げてくれるだろう。
さあ、もう行くか!
その衝撃で、マッチ売りの少女に重なるようにジャンプする。
銃声と共に、体に入った塊が、熱い痛みとして伝わってきた。
後は念じよう。
そして、信じよう。
僕はやるだけのことはやった。
そして、僕はマッチ売りの少女の細腕に、噛み痕を残さないようにかみついた。
『死んだらアカン!』、葛西!
その瞬間、いつもとは違う感じが僕を襲ってきた。
これは能力が働いたんじゃない。
急速に連れ戻された感じは、緊急離脱システムが作動した証拠だ。
「なんだ!?」
辺りは、急速にシステム停止した感じの駆動音に包まれていた。そして、その暗闇の中、僕は思わずそう叫んでいた。
***
「あー、ごめん。瑞希ちゃんを引っ張ったのに、君までついてきちゃったか……。おかしいなぁ。こんなことあるはずないのになぁ。でも、このままはちょっとまずいなぁ。仕方がない。いったん、瑞希ちゃんの精神世界に飛ぶからね。そこからまた君を引き上げるしかないね。ちょっと分けるのに時間がかかるけど、ちゃんと引き上げるから、いじるんじゃないよ。そこは、瑞希ちゃんの精神世界だというのを忘れないように! まあ、君なら大丈夫かな? 一応、外の先生に連絡を取ってアシストしてもらおうかな」
いつもの感じと違う女神ちゃんの言葉と共に、急速にまた意識が遠のいていった。
緊急システム停止は、葛西の身に何かトラブルが起きた証拠だ。ただ、今回僕がかみついていたから、僕の精神まで引き寄せられた。
たぶん、そういう事だろう。
この世界の人間にとっては、今の事態は一大事になる。
一人の人間に、二人の精神が混じれば、深刻な事態になりかねない。
ただ、幸い葛西は意識を失っているようだった。
今、葛西は夢の中にいるようだ。
その世界を具現化して、そこから僕を引き上げるのだろう。
見てはいけないのかもしれない。
これは葛西の記憶の一部。
でも、僕の記憶の一部も葛西と共有するから、それを言い訳にして謝ろう。
ただ、それは、この僕じゃないのかもしれないけど……。
でも、僕の記憶を共有すると、ろくな目に合わないと思うな……。
両方の意味で、今のうちに謝っておくよ。
ごめんね。葛西。そして、今まで本当にありがとう。
***
葛西が見ているのは、小学校四年生ぐらいにやった、
今、僕は葛西の精神世界に紛れ込んでいる。
だから、目立った動きはできない。
ただ、見守り続けることだけが、僕に許されていることだ。
目の前で役割を演じている子供たちにも、僕の姿は見えない。
当然、それを監視モニターで観賞している大人たちにも見えない。
ただ、僕だけが見ている。
確か、あの時やった題目は、フランダースの犬だっけ。そういえばさっきもパトラッシュと言いかけてたっけ?
フランダースの犬。
イギリスの作家ウィーダが十九世紀に書いた児童文学であり、美術をテーマとした少年の悲劇として知られている。
そして僕は、パトラッシュを演じ、葛西はネロを演じていた。しかし、クラス全員でやっているので、配役は複数で演じることになる。
僕が演じていたのは、パトラッシュ三号で、葛西は、ネロ・三郎だった。
当時の僕は、幼かった。
そして、父親のことも、母親のことも、真相を何一つ知らずにいた子供だった。
そして、自分で言うのも恥ずかしいけど、悲劇を何とかしたいという気持ちが、この時は確かにあったのだと思う。
この世界で、いきなり父親も母親も無くしてしまった僕は、色々な書物を読み漁っていた。
でも、この年齢で手に入れられる知識は限られており、この時の僕は、児童文学を中心にして読んでいたと思う。
そう言えば、無理を言ったのは、この事があったからだろう。
多分、色々なことを知りたいと思ったに違いない。
この後すぐ、
引き出すだけじゃなく頭への強制入力。
それは幼い頭には負荷がかかりすぎると言われたけど、実験という言葉に、この世界の大人たちは弱かった。
そして、僕はこの世界の膨大な知識を手に入れた。
それは秘密で行われたのだろう。
おやっさんにその事を話した時、初めて本気で殴られもした。
ああ、この人は違う……。
そう思ったのも、あの時が初めてだった。
しかし、目の前の僕は本当に子供だな……。
父親と母親の件があったから、なおさらそうなのかもしれないけど、目の前にいる僕は何も知らない子供だった。
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