第24話父親と母親、そして僕

物語の改変は、何かを幸せにする反面、何かを犠牲にする。


その責任を誰かが負う。

いつも、僕たちはそう考えていた。

だから、これはこれでいいのだろう。


ただそれは、今ではなく、未来の話なのかもしれない。

そんなことを考えるのも、僕の頭の中から、両親の話が離れないからだろう。


僕にとって、身近な物語の改変者。それは紛れもなく、僕の父親なのだから……。



今から三十年ほど前にさかのぼる。

現在の『仮想験』が今の形で体系化される前の話。異世界開拓時代と呼ばれる時期の終わりのことになる。


ある男が、それまで知られていなかった異世界を発見し、転移することに成功した。その異世界は発見者によって、トラウラントと名付けられた。それは別段珍しいことではなく、発見者の名前を取ることも多かった。


その発見者こそ、僕の父親。


トラウラントと名付けられた世界の、『始まりの大陸』という所に転移した父親は、他の転移開拓者の例にもれず、超人的な力を手に入れて国家的な陰謀や、国を滅ぼす災いとなる存在を仲間と共に解決したようだった。


父親はその世界で多くの人と出会い、共に冒険をしていく仲間となっていった。

のちに彼らは、英雄と呼ばれるようになっていった。


そして、その仲間の一人に、僕の母親となる人がいた。


そもそも、僕の母親は、父親が転移した異世界にある王国、そこの公爵家のお姫様だった。

しかし、魔法が得意で、冒険することが好きな変わったお姫様だった。


いわゆる、王家に連なる姫様だけども、深窓の令嬢とはかけ離れた存在。

ただ、本当の意味では母親も世間というものを知らなかったと言っていた。


ともあれ、二人は仲間と共に行動し、苦楽を共にしているうちに恋におちた。

よく父親は、自分が転移できたのは、母親に出会うためだとも言っていた。


その内容に関しては、いろいろ聞かされたけど、正直あまり覚えていない。


二人ともその話になると、目の前の僕を無視して別世界に行く。

だから、当時の僕は面白くなかったのだと思う。


でも、その時は本当に幸せそうに話していた。

多分、その話をする時だけは、二人は親というものではなかったのだろう。今ならその気持ちは、少しだけは理解できる。


しかし、そこに至る道のりは険しく、『世の中はそう甘くはない』ということは、幼いながらも、僕の心にしっかりと刻み込まれた。


そもそも、当時の公爵家当主は、父親と母親の仲をいいものと考えてはおらず、母親には内緒で結婚の話を進めていた。


折しも、隣国から同盟の話が持ち上がっており、両国の仲立ちとして公爵家当主が母親と、隣国の第二王子との婚姻を持ち出していた。


長らく、険悪な関係にあった両国が、同盟を結ぶことによって得られる平安は、二人の心を大きく揺さぶった。


そして、二人はお互いに話し合って、別れを選んだようだった。


結局、二人は住む世界が違う。


簡単に言い表せるその言葉は、なによりもこの二人には当てはまるようだった。


そもそも、父親は異世界人。そして母親は公爵家の姫様。

本来であれば、出会う事のなかった二人が、出会ってしまった。

偶然、運命、必然。どんな言葉で彩ったとしても、母親の物語に、突然押しかけ、その心を奪い取った父親は、物語の改変者といっていいだろう。


そして、父親は失意の中で、その異世界から帰ることを選ぼうとしていた。

そして、母親は心を殺し、人形になることを選ぼうとしていた。


しかし、それでも二人は、互いの幸せを願っていた。


この時の話になると、いつも二人は僕に言う。


『男は、常に幸せを運ぶものだ、自分じゃない、相手がどう幸せになるかを考えるのだ。それが、男の覚悟というのだ』

『女の幸せは形じゃない。繋がりなの。お互いに愛しているというものがあれば、たとえどんなに離れても、それを貫き通せるの。それが、女の意地ってやつね』


二人の自己満足の顔は、今でもまぶたに焼き付いている。


だが、母親が結婚がただの政略結婚であり、その道具にされていることを知った父親は、驚くほど大胆な行動をとった。


それは、隣国の王家に嫁いだ母親が、その結婚相手である第二皇子と顔を合わせた日の夜の出来事だった。


憂いた母親が見つめる夜空から、大胆にもその窓めがけて降下する影があった。


グリフォンという名の魔獣を仲間にしていた父親は、隣国の王城に大空から侵入し、あっけにとられる母親を、大胆にも連れ去ってしまった。


その時のことを、母親は自慢したいのだろう。

ことあるごとに、僕に語って聞かせていた。


ただ、母親は、その時の判断が本当に正しいかどうかは分からないって言っていた。

だけど、後悔はしていないと言っていた。


そして、正しいことをすることだけが、人生ではないとも言っていた。時には誤った判断があっても、それもまた人生に花を添えてくれるらしい。


「どちらにせよ、あれは反則だったわね。迷う時間もなかったから」

ただ、母親にしてみれば、まさしく寝耳に水というもののようだった。


ここよりも格段に大きな月が見える異世界トラウラント。その月を背にして、父親は母親を連れ去りに来た。


母親の、誇らしげで悲しげな顔と共に思い出す言葉。

父親が母親に言った言葉。

それは、僕という存在を決定する言葉なのかもしれない。


「君が笑えない世界に興味はない。君が笑えないのなら、この俺が変えてみせる」

その言葉の通り、父親は第二王子の陰謀を、その黒幕である魔導師と共に暴き、隣国の国王暗殺事件は未然に防いだ。


そして、父親はさらなる英雄となり、母親と結婚した。


月日は流れ、僕が生まれる。

その頃には、二人の結婚は公爵家の領民にも祝福されていたようだった。


さらに、六年の歳月がたった後、父親が急に旅立ちを宣言した。


「よし、二つの世界をつなげに行こう。俺たち家族の力で!」

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