第22話夜雨対牀(やうたいしょう)
確かに、奴は何でもコイツから取り上げていった。
確かに、奴はいつでも偉そうにしていた。
確かに、奴はどんな時でも、自分に都合のいいように生きていた。
でも……。
それでも、奴は……。バカ兄貴は……。
いつだってそうだった。
バカ兄貴は、コイツをかわいがっていた。
コイツのことを守ってきた。
そして、コイツも、バカ兄貴のそんなところに感謝していた。そして、大好きだった。
こいつらは支え合って生きてきた。
だから失うわけにはいかない。
確かに罪は罰が必要だろう。でも、それはその世界の罪に応じた、その世界の罰であるべきだ。
人の世界と犬の世界は異なる世界だ。
それぞれの世界には、それぞれの世界に応じたルールがある。
互いに生きている世界のルールに従っている。だから、交われば真っ先に『違う』ということが表に出てくる。
だから、不幸にして違う世界を飛び出した者たちは、その違う世界で認められない限り存在することは許されない。
認められるために抗うのか。
認められるために従うのか。
それを決めるのは、その人に委ねられている。
ただ、自ら異なる世界に足を踏み入れたものは、それでいいのかもしれない。自分でその世界に飛び込んだのだから、納得もできるだろう。
でも、そうじゃない者はどうなる?
こいつらのように、生まれた時から違う世界で生きなければならなかったものは、どうなるんだ?
訳も分からず、違う世界に生きることを強いられた僕はどうなるんだ?
抗うことがいけない事か?
従わないことがダメな事か?
おとなしく従ったふりをしていればいいのか?
コイツの記憶を手繰ればよくわかる。
こいつらは、人の世界で生み出され、そして捨てられた。
それからこいつらは、二人で生きてきた。
生きるために、必死に支え合って生きてきた……。
そう、二人で必死に生きてきたんだ。人の世界の中で、狼という血を半分持ちながら。
最初は人も、興味もあって、可愛がっていたようだった。
でも、人の世界で従うことを選んだ犬と、人の世界とは違うところで育った狼は、所詮相いれないものだった。
狼にとっては無理やりなのだから当然だろう。そして、その血を受け継いだこいつらは、狼である母親の話しを聞いて育っている。
当然、人になつくはずがない。そんなこいつらを人がかわいがるわけがない。
そしてこいつらは捨てられた。
それ以来、二人で逞しく、人の世界で生きている。
狼の世界を知らないこいつらは、他に行きようがなかった。たとえここが人の世界であったとしても、こいつらにとって、ここは唯一の世界だった。
人が狼という物語に介入し、その生を捻じ曲げて、生み出されたこいつらは、いったいどう生きればいい?
僕はその問いに対する、正解を持っているわけではない。ただ、答えはもっている。
もっとも、ひっそり暮らしていけないのは、あのバカ兄貴のせいも若干あるのだろう。
人間の靴。
しかも少女の靴の匂いが好きなアイツは、少女が危険な目に合っていれば、すかさず相手の男の股間にかぶりついていた。
その仕返しのために、やってきた男どもにも同じ制裁を加えたものだから、今の名前がついてしまった。
今追いかけている中には、事情を知らない人間が多いだろう。
でも、こいつらの話を聞く気もなければ、聞く手段すらない。
異世界、異文化の交流が最も難しいのは、相互理解が困難だからだ。
言葉の壁、理解の壁が立ちふさがる。
葛西の件もあるけれど、あのバカ兄貴にはちょうどいい機会になっただろう。あまり踏み込みすぎると、思わぬ反撃にあうものだ……。
それは、この僕がよく知っている……。
だから、ちょっと怖い目にあわせるだけで十分だ。
それ以上は、誰がなんと言おうと、この僕が許さない。
臭いをたどっていくと、あのバカ兄貴の居場所には簡単にたどり着く事が出来た。
幸い誰にも見つかっていない。
バカ兄貴は、檻の中でおとなしく寝転んでいる。
その檻の前には、屈強な男と小さな男が、二人並んで立っていた。
あれが見張りなのだろう。大男は眠そうにしているが、小さな男は怯えたように周囲を警戒している。物音にも敏感になってるようで、バカ兄貴が少し動くだけで、そっちに気を取られていた。
あのバカ兄貴は僕の接近を知っている。
盛んに耳を動かしているあたり、それ以外に人間はいないかを探っているのだろう。
そして、小さな男の方の警戒心をいたずらに刺激していた。
どうしようもなくバカだけど、それでも僕が助けに来ることを信じているようだ。そして、僕が行動しやすいように、寝ながらお膳立てしているのだろう。
あのバカ兄貴は、こんな状況でも楽しんでいる。
気取って向こう向いている割には、シッポが正直に動いていた。
おもしろい。
信じあえる関係っていうのは、これだから……。
思わず笑みがこぼれそうになる。気が付くと、僕のシッポもブンブンあたりを掃除していた。
よし、行きますか!
目標とするのは、大男。
油断しているし、何より奇襲はその最大戦力を一撃で狩ることを目的にした戦法だ。
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