第17話こっちが先にお婆さんに会いに行く?
よく考えれば、そもそも僕は野良犬だった。
葛西のことが気がかりで、自分のことをすっかり忘れていた。
僕に与えられた能力は、相変わらず女神ちゃんが頭に書き込んでくれていた。なんだかんだ言ってもちゃんと仕事はしてくれている。
『野生の勘』、具体的なものはない。信じるか、信じないはあなた次第。
『土地勘』、街の隅々まで知っている。逃げ道、裏道まで完備。ついでに餌場の位置と野犬狩りに遭遇しやすいポイントも分かるかもしれない。
『あきカン』、閉まっているものを開けてしまう。でも、心の扉は開かないからね!
『もうアカン』、ギリギリまで頑張ったと思える者にのみ与えられるかもしれない能力。死ぬ間際に発動するかもしれない。周囲に同情を振りまくかもしれない。
『死んだらアカン』、かみつき、念じることで発動する自爆技。自分の生命と引き換えに、相手に命を吹き込むかもしれない。確率はたぶん多くて半分くらい。ただし、これを使った場合は、君の評価も巻き添えをくらって死ぬ。ランクDは間違いなし。ひょっとしたらEになるかも?
おまけ。
『すばらしい五感』、まあ、並みの犬の五感じゃないね。まさに伝説の狼級の能力。
なぜか、おまけが素晴らしいよね! 野生の勘と合わせられないのが残念だね。こうなったら、第七感まで、目覚めさせてみる? やればできる! 君ならできる!
って、相変わらず、能力の説明がやる気なさすぎ! 個人的見解多すぎ! 手抜き仕事感がハンパない!
『野生の勘』、『土地勘』、『あきカン』、『もうアカン』、『死んだらアカン』、『すばらしい五感』って!
珍しく六つもあると思ったら、ほとんど使えないものばかりじゃないか。
勘違いにもほどがある。
おまけはいいよ。すばらしい。
でも、特におまけじゃない最後の二つ! カンでつないだ単なるおまけじゃないか! いや、おまけには感謝するけどね!
いや、特に最後だ! おまけじゃない最後! 評価巻き添えにしたら、何のために
しかも、全部『かもしれない』なんて……。一つくらい確定してくれよ! せめて自縛技くらい、ちゃんと発動してくれよ!
だめだ、これ……。
『野生の勘』がそう告げている。
ましなのは、『あきカン』だけだな。両手が使えないからありがたい。
「わふ! ばううぅ、ううう、ばうばう!」
えっと、『兄弟! ぐずぐずするな、飯を探しに行こうぜ!』か……。
そうだな、そうしよう。
それに、早くマッチ売りの少女を探さないといけない。
その前に、この野良犬――本当の兄貴みたいだ――に今日の日付を聞いておこう。
準備期間があるとも思えないけど、時間、場所は物事を大きく左右する。
あの有名な孫子でも、そこは大事な事だと書いてある。
*
この街は思った以上に大きかった。
十九世紀のヨーロッパにある地方都市としては、それなりの大きさだろう。残念ながら、名前までは分からない。
マッチ売りの少女の物語。
時代背景としては、マッチというものが発明してまだ間がない頃の話だという設定だったと思う。
マッチというものの歴史を細かく見たことは無いけど、確か最初は安全性の高くないマッチだったらしい。
マッチ売りの少女の死因について考察していた文献にはそう書いてあった。
つまり、この街にとって、マッチは一般的になっていない商品なのかもしれない。
そして、マッチ売りの少女の死因は、それらを大量に燃やしてしまったための中毒死ということらしい。物語を見る限りは、凍死のような気もするが……。
でも、この際死因はどうでもいい。死なないようにするのだから……。
そうこうしている内に、奴はどんどん先を行く。
ひもじい思いをしながら、何とか残飯なようなものにありつけた。
何となく、食べるのを躊躇してしまったけど、生きるためには仕方がない。
こっちが生きていなければ、一足先にお婆さんの所でマッチ売りの少女を待っている風景に変わってしまう。
「わふう! わふう! くぅ、くうぅん!」
なんだかご機嫌な感じで食べているな、あの野良犬。
食べ物と共に、何かを必死になめている。
えっと、『これがいい! これがいい! うほ、たまんねえ匂いだ!』
靴のように見えたけど、まあ気のせいだろう。
そういえば、和彦の家の犬も、よく葛西の靴を持って行ってたっけ……。
靴ってそんなにおいしいのだろうか? それとも匂いなのか?
なんだかとっても気になってしまう自分が悲しい。
まあ、いいや。野良犬の気持ちはこの際おいておこう。
でないと、僕まで靴をなめかねない。
食べ物を探して、さんざん歩き回った結果、今日が大晦日だということも分かった。そして、一緒に歩いていくうちに、僕だけが人間の言葉を理解できるのだと知った。
その時、兄弟と呼んでくる隣の野良犬の耳が盛んに動き出した。
さっきまでむさぼりつくように食べていたのが、ピタリと止まっている。
「わふ! あおおん!」
飛び立つように逃げていく。
えっと、『兄弟! 逃げるぜ!』だったな。
その意味を理解した時には、この路地の入口の方から網を持った複数の人間が迫ってくる足音が聞こえてきた。
反対側からもやってくる。
あの野良犬が潜った下水道のような細い道に入り込み、泣きたくなるのを我慢しながら、必死になって走り抜けた。
あれが野犬狩りだろう。
あれにつかまったらやばいと『野生の勘』が告げている。
記憶をたどると、檻に入れられ、さらし者にされた挙句、最後には殺されるのを見たことがあった。
いや、そんなの告げなくていいから、もっと先に接近を告げてくれ!
使えない能力に文句を言いながら、泥だらけになる体と共に、狭い通路を抜けでた。
「わふ! ばうあ、あおおん!」
そう言いながら、一目散に駆けていく。
えっと、『兄弟! 別々で逃げるぜ!』って言ってたよな。
あの体のどこに、そんな力があるのか分からないくらい、奴の逃げ足は速かった。
痩せてるように見えるだけなのか?
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