第16話信頼の靴

葛西が靴だとすると、能力は何だ?


それにしても、靴か……。かなりハードな設定だな。

自分で動けない分、あの『きびだんご』のように、何らかの能力はあるはずだろう。


でも、靴だよ? 考えられる? しかも、役に立つ? 靴を体験させる意味って何?


まあ、この『仮想験』がおかしいのは、今に始まったことじゃない……。

そもそも、『きびだんご』だって、おかしいと言えば、おかしい。


もうよそう、そこはもう考えないようにしたんだ……。


さて、葛西の能力か……。

順当に考えれば、本人と会話できるものだろう。

でも、あの靴はそもそも片方を無くす設定になっている。片方だけで話せるのだろうか? 

そしてもう片方は、野良犬にとられる……。描写はないが、もっていた靴を取っていったような感じだ。


ひどい犬もいたもんだ。

あっ、僕か……。


とりあえずそれは置いておこう。

靴を取るような動機がないけど、僕である以上、取らなければいい。


ただ、葛西にしてみると、僕が野良犬になっているのは知らないはずだ。


あれ? でもあれって同じものが流れるんだろうか?


葛西の方にはどんなガイダンスが流れたのかはわからない。


そもそも、僕は二人同時介入設定ペアダイブの経験がない。

葛西はどうなのか知らないけど、二人同時介入設定ペアダイブはよほどのことがないと選択しないものの一つだから……。


ただ、二人同時介入設定ペアダイブを乗り切った男女が、交際を開始することが多いという話しは聞いたことがある。

カップルイベントとしてささやかれているのはそのせいだろう。


けど一方では、別れ話となる話もある。だから、両刃の剣とも呼ばれている。

そういうこともあって、男女ペアで挑戦する人はもっと少ないというのは聞いていた。


まあ、僕の場合は有無を言わさずと言った感じだけど、たぶん僕の成績がよほどのことになっているのだろう。


おやっさんが、わざわざ設定してくれたんだから、そう信じておこう。


それを葛西は手伝ってくれている。和彦はちゃっかり逃げた。

だからこそ、葛西の足を引っ張るのは無しにしたい。

もしも僕がいい結果を迎えられなくても、葛西は評価が下がらないようにしなくちゃいけない。


葛西は靴。


これは消去法だが確定しておこう。なんだかんだ言っても、女神ちゃんがあれだけ言ってたんだ。あれは絶対にヒントに決まっている。


その前の会話は、おそらくカモフラージュだろう。ヒントにならないようにしてくれてたんだと思う。


よく考えてみると、あの会話もそうだった。

女神ちゃんは、たまにある程度のヒントをくれる時がある。

桃太郎伝説では気が付かなかったけど、あらためて考えると、最後の最後にヒントをくれていたんだ。


『立派なみたらし団子になれないよ』

あれは、味の変化じゃないことを言ってたんだ。


ありがとう、女神ちゃん。ちょっとだけ今度から、美少女女神ちゃんって呼ぶようにするよ。


それにしても、葛西は靴か……。

そうすると、もう片方が鍵になる。マッチ売りの少女に不足している点。


それは、物を買ってもらうためにすべきことを、マッチ売りの少女はやっていないことにある。

それは、色んなマーケティングの話でマッチ売りの少女が題材として選ばれていることからあきらかだろう。

物語を変えてしまうから敬遠してたけど、その手の本は一応読んだことがある。


マッチ売りの少女が、物を売る上で不足していた事はたくさんある。


一つは、マッチ売りの少女の姿があまりにみすぼらしく、商品価値を落としている事。

一つは、マッチ売りの少女の宣伝方法が『マッチ買ってください』としか言っていない事。

一つは、マッチ売りの少女のマッチが他と比べて優れている点をアピールしていない事。

最後に、マッチ売りの少女が、せわしなく道行く人に対して、マッチを売ろうとしてた事。


他にもまだあるのだろうけど、かつて僕が考えていたのはこの辺りだ。

葛西とも話し合ったことがあるから、この事は知っているだろう。

ただ、覚えているといいのだけど……。


靴である葛西は、マッチ売りの少女がみすぼらしい格好にならないようにする事が出来る。

でも、そうなると宣伝方法が限られてくる。葛西が介入できるのは、マッチ売りの少女自身に限られてしまう。


そうか!


マッチ売りの少女に葛西が宣伝方法についてレクチャーしたとしても、買ってもらえそうな場所に誘導したとしても、その効果はマッチ売りの少女に限定されてしまう。


だから葛西は迷ったんだ。

ギリギリまで迷ったんだ。


葛西の方には役割設定が書いてあったのかもしれない。

高ランクと低ランクが一緒に二人同時介入設定ペアダイブすることも珍しいだろうし、そもそもこれは正規授業じゃない。

指導的役割を持っていると、そういうこともあるだろう。


だとすると、最後に葛西が言った言葉の意味も頷ける。


『じゃあね、信じてるから』

あれは、この事を言ってるのだろう。


わかったよ、葛西。

その信頼にこたえるとしよう。

ただ、最終的に葛西がどっちを選んだのかは、今の時点ではわからない。


どっちだ? 葛西?


靴を盗まれることで、意思疎通できる人を増やす形を選んだのか? 最終的に僕が取り戻してくることを見越して……。


でも、片方は浮浪児だけど、ゆりかごにするために大事にとっておくだろうし、片方は犬だから履かないぞ?


履かなくても、発動するのか? その能力?

いや、これは未知数だな。ガイダンスの前に与えられる情報だとも思えない。


それとも、自分はマッチ売りの少女を変えるから、周囲の状況を変えることを僕に託したのか……。


やっぱりこっちだ。


ガイダンスの後に悩んでいたのなら、あえて盗まれるという方法も取れただろう。

でも、能力が分からない状況で、そんな危険を冒すわけがない。


最悪何もできずに終わってしまう。


よし、葛西はマッチ売りの少女を変えてくれる。ならば、僕がすべきことは状況を変えることだろう。

とりあえず、僕の行動方針は、顧客をマッチ売りの少女の前に連れてくることだ。


でも、最終的にどうするかは、マッチ売りの少女と葛西の行動を見て決めないとダメだな。

能力的に持っているだけで発動するなら、浮浪児と犬を味方につける方法は単純に労働力をあげることになる。そっちの方が効果的だ。


靴が無くなるかどうか……。

ここを見て判断しよう。


「わふ! ううう、ばうばう!」

えっと、『兄弟! 飯を探しに行こうぜ!』っか……。そういえば、力が出しにくいな。野良犬だから仕方ないか。


ちゃんと飯食ってんのだろうか?


「ううう、ばうぅ、わうおう!」

えっと、『飯さがし、今日こそ、見つけよう!』って……。


食ってないのかよ……。

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