マッチ売りの少女編

第12話放課後の職員室

誰もいない放課後の職員室。いつもなら、とっくに家に帰っている時間だ。


クラブ活動もしていない人間を、こんな時間まで教室に拘束した上に、呼び出してくるなんてあんまりだ。

でも、やっさんだから仕方がない。他の先生だったら、知らんふりして帰っているだろう。

ただ、目の前のニコニコ顔は、正直言って気味が悪い。


「まあ、あれだな。お前もやればできる子なんだ。先生もうれしくて涙が出るぞ。こんなうれしい思いが出来るなんてな。あの後、校長の誤解を解くのに、どれだけ時間がかかったのかも、この成績を見れば……。そうだな、一応文句は一つぐらいにしておいてやる」

「おやっさん。なら、帰っていい? それ、明日聞くからさ。もう遅いし……。ごくろうさま! おやっさん! ということで!」

尾社おやしろ先生な! 何度も言うけど、生徒が先生の名前をあだ名で呼ぶな! 長幼の序というものがあるだろう?」

相変わらず、まじめな人だ。いつまでも、この僕を心配してくれている。

でも、それって人の成績表を丸めたものを向けながら言う言葉かよ?


「だから、最初から『お』をつけておいたよ? そんなに気に食わないなら、やっちゃんにするよ? 和彦に頼めば、明日にはやっちゃん先生って校門で呼ばれるけど、それでいい?」

目を丸く見開いて、同じように口まで開けている。ちょっと面白い顔が出来上がった。


「…………。お前はともかく、田中に言われると本当にそうなる気がするよ……」

さすが、和彦の信用度は抜群だ。

とにかく、知人が多いから、拡散力が違う。

僕の知る限り、和彦の名前を知らない奴って、この高校にはいないと思う。


「じゃあ、帰っていい? やっちゃん先生」

とりあえず、今日は疲れた。一日一回でも勘弁して欲しいのに、今日はあれからもう一回正規授業で乗ったから、合計三回物語の世界に入ってる。


「ダメだって言っただろ? いいから聞け。今日ので、お前はランクCに格上げになる。ただ、最後の正規授業ので、お前の言動には反体制思想が見え隠れしているという評価も出た。忘れるなよ。これは、ゲームに思えるかもしれんが、ゲームなんかじゃない。お前らの言動、行動を全部あの機械は監視している。お前は物語の中だけだと思ってたみたいだが、あの機械に入った瞬間から全部だ。忘れるな。社会構造がこのシステムを利用して成り立っている。学歴や家柄じゃない。どう考え、どう行動するかをシュミレーションしてるんだ。だから、高ランク者にはそれなりの待遇が与えられている。実社会に入る前に、お前らはふるいにかけられてるんだぞ。知識とか経験とかは、後付けできる世の中なんだ」

そんなこと、嫌という程知ってるよ。意外に知らない人間がいてびっくりしたくらいだよ。


だから、何もしないという選択をすることが多いんだよ。

何もしなければ、物語は変わらない。元々のストーリーで推移していく。僕の評価も保留のままだ。ただ、その分説明もめんどくさくなるけど……。


でも、確かにランクを上げないと、就職が厳しい。それは分かってる。


旧時代に存在した学歴社会、それよりも以前に存在した家柄社会なんて、今は伝説に語られる遺物だ。


知識は外部知識貯蔵庫バンクから引き出してくればいいから、わざわざ覚える必要なんてない。

技能経験は技能訓練機アラウザルによって集中的に訓練できる。


覚えている僕が変人扱いされている。

能力だって数値化できてしまう世界だ。

この教育システムを利用したパターン解析で、潜在的にどういう人間かも割り出されてしまう。

このシステムにつかる限り、自分の将来がシステム上で割り出されてしまう。


そんなことは、十分よくわかっているさ。


「そんな事、わざわざいうために、呼び出したのかよ?」

あからさまに不機嫌になっているのが自分でもよくわかる。


「そんな事するはずないだろ? ただ、言っておきたかっただけだ。用件は、これを渡すためだ。明日はなかなかハードだぜ?」

ランク固定の青紙を渡して、笑顔で言う言葉かよ、それ。しかも明日は休みじゃないか!


「すみません、おやっさん。僕の勘違いだと思うのですが、今、明日とかいいませんでしたか?」

「そうだけど? だから今日中に話しておこうと思って待ってもらったんだろ?」

「明日は休みっていうとても重要な行事がありましてね。これは我が家の家訓なんですよ」

「いや、これは国の行事よりも優先される最重要案件だ。と言っても、本来俺もその行事は大好きだ。基本的に、それさえあれば、他にはいらないと密かに思っている。でも、それを言ったらおしめーよ!」

「え? 今アンタになんか入った? っていうか、おやっさんも出てくるのかよ?」


「あたりまえだろ? 誰がシステムを監視・操作するんだ? 暴走なんてしてみろ、俺の首が飛ぶわ! そうなったら、誰が家族の面倒見るんだ! あと、尾社おやしろ先生な!」

「え? おやっさん、家族いたっけ? 独り身だろ? だから、葛西狙ってるんじゃないのか?」

「おまえねぇ……。家族ってのはウチの猫たちだ。それにしてもお前って、どうやっても俺に葛西狙わせたいのか? そんなに俺って、葛西が好きなのか? どうなんだ?」

「いや、僕は本人でもないし、占い師でもないから……。でも、正直になった方がいいよ? 葛西っておやっさん好みじゃないの? いい奴だよ、アイツ。僕が保証する」

「まあ、アイツが後十年たっても、誰も相手がいなかったら、考えなくはないかな……? ってお前ねぇ。大体、俺は教師だって言っただろ? どうして俺の将来をお前が見つめる?」


誰かが職員室に入ってきたけど、今はそれどころじゃない。何とかはぐらかして、休日を取り返さないと。


「いや、僕はそこまで責任はとれません。なので、明日は国の行事よりも重要な、地球規模の行事である、休日を予定に入れました!」

「お前のスケジュール帳でかいな! まあ、そんなことしたら、そこの葛西が悲しむぜ! せっかくお前のために、二人同時介入設定ペアダイブに協力してくれるって言うんだからな。ちなみに、田中にも声かけたけど、アイツは宇宙規模の用事があるということで断られた。じゃあ葛西、お前のはこれな。言っとくが、情報交換は無しだ。葛西に限ってそんなことしないと思うが、それらしい行動は見張られてるからな。とりあえず、ランクCにはヒントだけやろう。『ハードモード』だからな。葛西は女。以上!」

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