第11話帰還

低く、くぐもった様な機械音が、これまで働いていたことを誇示するかのように、僕の耳に届いている。


相変わらず、心地よいはずのソファーのような椅子は、急速に戻ってきた体を感じさせるから、むず痒い。


これまでとは違った体なのだから、それは当然と言えば当然か……。


特に、今まで四肢の感覚がなかった分、急に生えた突起物のようで気持ち悪かった。


帰ってきた。


この音と体の感覚が、自分の体に戻ってきたことを思い出させてくれている。

いつものように、ため息がでる。


いつも通りの行動は、僕の中で安心感となっていた。

そして、それは間違いなく満足感だった。


会話カウントをさかのぼって見てみると、やはり途中から桃太郎は、僕の声を聞いていた。

僕の知らないうちに食べていたのかもしれない。

最初は死に場所を求めてたのかもしれないけど、最後にあの場所に立っていたのは、紛れもない桃太郎の意志だと思う。


本当に、見直したよ。桃太郎……。

人と会話することが苦手であっても、人とかかわることが苦手といっても、ちゃんと人の話を聞いて、自分が出来ることを懸命にやってくれていた。そんな桃太郎に、感謝したい。


ありがとう、桃太郎。


「いやいや、ちょっと見直したね」

いつも終わりには声をかけてこない女神ちゃんが、珍しく声をかけてきた。


「なあ、女神ちゃん、あの『きびだんご』の能力って、結構自分好みに変換して伝えてない? 設定どおりの言葉でもう一度説明してくれないかな?」

「いやだなぁ。ランクDの君にわかりやすい言葉を選んだつもりだったんだけどね? 何か間違ってた?」

「まあ、分裂能力はそのままだよね? ただ、状態変化能力と、腹会話能力って結構変換してないか? あれ、酒味じゃなく、酒に変化したことが分からなかったら、ただの味付け能力に終わってたよ? 腹会話能力だって、一度口にしたら会話できるんじゃないの? 食べ続ける必要ないんじゃないの?」

「んー。ちょっとだけ、言い方を変えたかな? でも、間違えてないと思うけど? 状態を変化させる能力でしょ? 『きびだんご』から『みたらしだんご』って、かなり変化してるでしょ?」

「じゃあ、ありのまま伝えてよ。もうすぐ査定も終わるだろ? この際、それだけ聞けたらいいや」

「えへへ、シークエンス終了したから、初期設定は消えちゃった。ごめんねぇ」

「おい! ってもういいや。とにかく、次からはちゃんと伝えてくれよ? ひょっとして、今までだってそうだったんじゃないのか?」

「あはっ、そんなこと……。まあ、細かいことは気にしないでよ。私はガイダンス担当だから、ランクに応じた説明をしているだけだからさ」

「なんか、全部の責任はランクの低い僕にあるような言い方やめてくれないかな?」

「あれ? そう聞こえた?」

「『あれ? そう聞こえた?』じゃないよ! 確かに僕はランクDだけど、ランキングが全部、その人の知識と理解度を反映しているわけじゃないだろ?」

「でも、それがすべてだよね? ランキング以外は、全部おまけじゃない? この世の中」

「これだから、ランキング制度ってのは嫌いなんだ。それ以外を認めようとしない。人間ってのは、向き不向きがあるんだっての!」

「そんな社会批判していいの? ランキングに影響するよ? この中の会話だって記録されているし、査定対象なんだよ?」

「そうなの? 初めて知ったよ! いつも黙ってるから、知らなかった」

「だって、物語に入って興奮状態のまま帰ってくる子もいるしね。精神異常があれば、ここからしばらく出すわけにはいかないもの。物語の役割で、英雄として何人も殺した人間の精神を、何もせずに現実に戻した場合どうなるかは、君が一番知ってることでしょ?」


「…………」


「人間の精神は、体が違っても、お構いなしだからね。特に興奮状態でかえってくると、今の君みたいに、らしくない行動をとることが多い。だから、クールダウンの時間があるんだよ。今までの君は、特に何もしなかったから、こんな気分になったのは初めてじゃないかな?」

「もういいよ、わかったよ。元の僕に戻るから、早く出してくれないかな……」

「ダメだね。今の君の精神状態では、外の世界に出すわけにはいかないよ。頭を冷やすんだ。ここは現実世界。さっきまで君がいたのは、物語の世界だよ。確かに君は十分よくやったと思う。だけど、ここはその世界じゃない。わかってる?」


「わかったよ。ちょっと気分を落ち着けるから、黙っててくれないかな……」


僕の行動を、この機械が査定し終わるまでは、この閉ざされた空間に捕らえられたままだ。これまでは、確かにそうだった。

でも、ここで現実世界の感覚に戻らないと、そもそもここから出してもらえない仕組みだったのか……。

今までの僕は、何もしてなかったから、何ともなかった。


だから、僕にとっては苦痛ではなかったというわけか。


この機械とは別に、僕自身を振り返ることにしていた……。

自然とそうしてたのは、母さんのことがあったからなのかもしれないな……。


いずれにせよ、今いる自分が立っている世界をしっかりと見つめないと……。


そう思っている僕の目の前に、見慣れた文字が浮かび上がってきた。


『昼休み終了まで、あと十分』

親切なのか、不親切なのかわからないそのメッセージ。


これを最初から見れば、あの余韻をぶち壊すのに十分だったと思うほど、残酷な破壊力を持っていた。

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