第10話鬼退治してこそ桃太郎

鬼退治してこそ桃太郎。


それは間違いないだろう。物語の主人公として鬼を退治する。鬼は間違いなく村を襲って悪さをしていた。直接殺された村人もいる。

食べ物を奪われ、餓死した者もいる。


悪い事をしたら、悪い事として、その報いはしっかりと受けるべきだ。


世の中には、何でも暴力で解決するのは良くないという意見がある。

それは、それで大切な意見だと思う。

でも、それはこの世界においては通用しない。


この世界に、裁判はない。

そもそも、法律なんてものはない。だから、鬼も好き放題にしている。

だったら、こちらもそうするまで。

鬼は、命がけで悪さをしている。

だから、こちらも命がけで刃向かう。


座して死を待つ生命はない。命は、その終わる瞬間まで生きるから命なんだ。

虚弱な桃太郎が、何も言わずに、鬼ヶ島までやってきた。

多分、これが命の輝きだと思う。


桃太郎は生きることを選んだのだと思う。だから、黙って犬、サル、スズメの行動を見守っていた。


そう、桃太郎は今、何もしていない。


たしかに、鬼退治してこそ桃太郎。

でも、桃太郎というのは、個人の名前でなくてもいいはずだ。


今、ここにいるのはチーム桃太郎。


ここにいる全員が力を合わせて鬼を退治した結果、桃太郎という名で報告すればいい。

虚弱で、人見知りで、人との会話がうまくできない桃太郎も、こうして鬼ヶ島まで来ているからこそ、僕もここにいる事が出来る。


人にはそれぞれ、役割がある。


この桃太郎は、自ら手を下したわけじゃない。

自ら仲間を集めたわけじゃない。

でも、それはチームの役割で、たまたまこの桃太郎がそうではなかったに過ぎない。


僕は『きびだんご』だ。

どの物語でも、桃太郎と犬とサルとキジをつなぐことが役割として与えられている。

そして、お供の者達に力も与えている。

それは、お供の者たちの力をあげるものでなくてもいいはずだ。


彼らが鬼を殺すための力として、僕がその役目を果たしても不都合はない。


「さあ、スズメたちのおかげで、見張りの鬼はもういない! 出番だよ!」(97)

「よし! まかせろ!」

「ほいほい!」

スズメたちが酒味の『きびだんご』を、見張りをしていた鬼の目の前に投下した途端、その匂いと味につられて、見張りの鬼たちは我先に食べ始めていた。


十分胃の中で増やしておいて、一気に毒物に状態変化した『きびだんご』はもはや凶器としか呼べなかった。


犬が喜び、駆け回り、鬼たちを一気に集めてくる。

サルが投げて、スズメが投下する酒味の『きびだんご』は、鬼たちを狂喜乱舞に陥れた。


そんな酒宴にも似た喧騒の中で、ひときわ大きな鬼が、奥の屋敷から顔を出していた。


「よし、多分鬼のお頭が出てきたぞ! 甘党部隊、テイクオフ!」(89)

酒のにおいが充満している鬼ヶ島。

情報通り、鼻を鳴らして奥に引っ込もうとした鬼めがけて、スズメがフルーツ味、チョコ味、あんこ味、みたらし味、はちみつ味を投下する。


それを一つずつ味わうように食べた鬼の頭らしいき鬼は、満足そうに頷いていた。


「よし、もういないな、大丈夫か?」(81)

俯瞰的に観測しても、鬼ヶ島にもう鬼はいない。酔っぱらっているか、甘味を堪能しているかのどちらかだった。


「さあ、鬼たち! 君たちの悪行もこれまでだ。今まで殺めた人の数、動物の数、悪行の数だけ、苦行がまっている! 今、チーム桃太郎が天に代わって成敗する!」(41)

胃の中で、一気に最大まで数を増やしたその時、毒物に状態変化した『きびだんご』は瞬時にその命を、地獄の底へと追いやった。

極楽の後に訪れた、一瞬の苦痛と永遠の苦行。もしも因果が巡るというのなら、今度は僕がその報いを受けるのだろう。

でも、今ひと時は、この勝利を喜んでいいはずだと思う。

和彦も言っていたように、この先の物語は、ここから始まるのだから……。


「ありがとう! 皆さんのおかげで、鬼退治に成功しました!」(33)

「おお! やったな!」

犬の遠吠えが鬼ヶ島中に響き渡る。


「オイラもまだまだ死ねないってことだ」

サルが顔を真っ赤にして照れている。


「これはもう、言いふらさないとね!」

「そうだね、言いふらそう!」

「チーム桃太郎の勝利」

「あたしたちも頑張った」

「この勝利を言いふらしましょう!」

スズメたちもお互いに勝利をたたえ合っている。


「さて、皆さんにお願いがあります。これは、僕からの最後のお願いです」(25)

そろそろエンディングが近いだろう。この後桃太郎は村に凱旋している。

その途中の描写はどの物語でもない。

だから、ここで僕は帰ることになるだろう。


全員が黙って聞く姿勢になっていた。


「僕は『きびだんご』として、この世界にやってきました。この世界で皆さんに会えたことは、とてもうれしかったです。でも、そろそろお別れです。そこで、最後のお願いです。それぞれの好きな味を言ってください。好きな数を言ってください。私はそれを瞬時に実行しま――」(17)

「なんだよそれ! 約束が違うじゃねーか! この先ずっと食わしてくれるってことだっただろ?」

「想像できない未来はどうなった? 見せてくれるんじゃなかったか?」

「そーよ」

「そーよ」

「そうだわ」

「そうね」

「うそつき」


好き勝手言ってくれる。これじゃあ、言いたいことが言えやしない。


まったく、もう回数がないじゃないか! とりあえず、これまでのレパートリーでそれぞれ千個ほど増えてやる!


「皆さんには申し訳ないと思っています。でも、おそらくこの桃太郎が、皆さんを悪いようにはしないと思います。鬼の宝。きっとこの先食うに困らないでしょう。想像できない程の生活が待っているでしょう。噂に苦労しないでしょう――」

「そんなのわかんないだろ? そこの桃太郎は、俺達の事を分かってないはずだ! 『きびだんご』!お前だから、俺はついて行ったんだ!」

「そうだ! オイラの話を聞いてたのは、いつだって、アンタだった!」

「そーよ」

「そーよ」

「そうだわ」

「そうね」

「うそつき」

若干一名、スズメの中で話聞いてない奴がいる。でも、もう終わりだろう。話す回数がもうない。

でも、少なくなってきたからわかる。カウンターの減り方が、話している人数と一致しない。


何時だって、そばにいた。話さなくても、話は聞いていた。

ただ、そばにいる。

それでもそれは、十分仲間じゃないのかな?


「たぶんだけど、僕は信じてる。桃太郎は、この話も全部聞いてる。君たちとの話も全部聞いていた。ただ、話をするのが不得意なだけで、これまで僕らはずっとずっと、みんなで旅をしてきた。だから、桃太郎。みんなのことをお願いするよ」(1)

全員が見守る中、それまでうつむいていた桃太郎は、たどたどしいながらも、その重い口を開いていた。


「ありがとう、皆さん。ありがとう、『きびだんご』。ありがとう、ありがとう……」

涙する桃太郎を見て、全員が静かに頷いていた。


「桃太郎、君はもう少し、自分のことを話してもいいと思うよ」(0)

もう全員と会話することはできない。最後の言葉は、これからの桃太郎へのアドバイスとして、伝わればいいな。


『Momotaro sequence, termination processing』


頭の中に、あの無機質な声が響いてきた。


ああ、もう終わりか。

そう思った瞬間、またあの感覚が襲ってきた。

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