第9話胸襟を開いてこそ仲間
それから、サルを説得すること三十回。ようやくサルも重い腰を上げていた。
桃太郎はその間、ピクリとも動かずにへばっていた。
虚弱すぎるだろ桃太郎。
しかし、今回ばかりはそのおかげで助かった。
これで、犬、鳥(スズメ)、猿が桃太郎の仲間(仮)になった。
ようやくこれで物語が進む。
幸い、まだ鬼ヶ島につくまでは時間がある。
時間的な制限がないことが、今回の物語的では唯一ありがたいものだった。
もし、これが一週間で仕上げないといけない。
そういう物語構成だと、この桃太郎が鬼ヶ島に着く前に物語が終わっていただろう。
サルが同意して間もなく、桃太郎はまた歩き始めた。
桃太郎を先頭に、犬がスズメをのせて歩き、その後をサルがついて行く。全員が付かず離れずの微妙な距離を保っている。
傍から見ると、妙な一行だと思う。
つかず、はなれず。
この言葉が示す、微妙な距離感。
でも、これが、この桃太郎一行だと思えるようになっていた。
目指す鬼ヶ島は、もうすぐだ。
でも、今更だが、鬼ヶ島の鬼ってどのくらいの人数なんだ?
誰かその辺の情報を持っているのはいるだろうか?
「鬼ヶ島? 鬼? それって何味だ?」
犬はもう、論外だった。
「鬼ヶ島? ああ、暴れる鬼がいる所だね。でもそんなこと、オイラには関係ないから知らない」
あくまで猿は自分の興味あることしか知らないらしい。
ちなみに興味があるのは酒造りだと、今までさんざん聞かされた。
サルの酒味の好みに合わせるために、どれだけ苦労したことか……。
その結果、僕は酒造りに成功した。
でも、考えてもみたら『きびだんご』に酒になることを要求する方がおかしい。コメならいいよ。まだ、無理はない。
それに、そもそも僕は未成年だ。酒の味なんて知るはずがない。
それでも容赦なく要求するサルは、きっとこういう性格だから失敗したんだと思う。
ちょっとは相手の状況を配慮しろってんだ!
「鬼ヶ島? もうすぐつくよね」
うん、それは知ってる。
「そうだね、あそこの鬼って実は豆が嫌いらしいよ? 鳩といっしょだね!」
なにそれ? 節分の事言ってる? しかも、それって豆鉄砲のことだよね?
どうもこの一行は、情報というものに疎いらしい。
「あそこの鬼って、夜酒盛りするために、村を襲うらしいね。襲った物が無くなったら、また襲うらしいよ。そして、昼間は寝てるらしいね」
何それ? どこの情報? 確かな情報なの?
でも、確かにあの村も夜に襲われたらしい。
「そうだよね、こんな事、スズメはみんな知ってるよね! 鬼ヶ島のスズメたちが、最近太って困るって言ってたもんね! 最近鬼の話題でもちきりだもん。あと、鬼の頭は甘党らしいよ?」
すごいよ! スズメたち! 伊達にいつもおしゃべりしてないね!
「そうそう、だからお頭だけは、お酒飲まないらしいよ! でも、仲間外れはいやだから、酒盛りには顔だして、おまんじゅうを食べてるのよね」
凄い情報を手に入れた。
恐るべきは、スズメ界の井戸端会議という名の情報網。
朝から晩まで、色々喋ってるのは、全部情報整理だったんだ。
ただ、その情報って、大丈夫だよね? それを前提に考えていくよ?
でも、とりあえずここまで来た。あとは……。
もう、鬼ヶ島はすぐそこだった。早々にへばった桃太郎は木陰で休んでいる。
全員が休憩している今しかない。
今までは、黙っていた。
言うことで、もしかしたら逃げられるんじゃないかと思っていた。
でも、さすがにここからは話さなくてはならない。
黙っていたことは謝罪しよう。そして、目的を共有しよう。
困難な事ほど、目的を共有しなければならない。何より、そうしなければ信頼も得られない。
それに……。もう、黙っていることにつかれた……。
全員の体の中に入っている、僕の分身たちを通して、一斉に話しかけた。
「さて、みなさん。ここで、大事なお願いがあります。まず先に、今まで、黙っていて申し訳ございません。実はこの桃太郎。これから鬼ヶ島に鬼退治に向かいます。そこで、お願いです。どうか、皆様のご助力を、なにとぞよろしくお願いします」(153)
「本当に、今まで黙っていたことを謝罪します。実は、この桃太郎は何もいいところがもありません。私の声も聞こえてませんので、この桃太郎に助言することもできません。ただ、この桃太郎、聞くも涙、語るも涙の身の上です。村から鬼退治に向かうように言われたのも、強いからではありません。言わば、無理やりでした。そんな桃太郎のために、お婆さんが作ったのがこの僕です。この僕の中には、お婆さんの愛情がつまってます。でも、そんなことは知らず、桃太郎はここまで歩いてきました。それは、皆さんのお力があったからと思います。ありがとうございました。そして、不躾ながらお願いします。最後までこの桃太郎を見捨てずに、鬼ヶ島の鬼退治に協力してください。僕には秘策があります。皆さんのお力があれば、きっと勝てます。どうか、なにとぞお願いします」(145)
最初はだましていた感じはある。
でも、これまで旅の途中、色々と話をして、どこかでつながりのようなものを感じていた。
「まあ、まだ色んな味を楽しみたいからな。それに、今までいろんな味を楽しませてもらった。だから、『きびだんご』。お前の頼みを聞いてやるよ」
犬が照れくさそうにしている。
「『きびだんご』さん、あたしたちにもよろしくね。でも、荒事は無理だから、最初に言っておくね。あと、終わったら、その事喋ってもいいわよね?」
スズメたちが声をそろえて同意してくれていた。
「そもそも、オイラは死に場所を求めてたんだった。鬼と戦うのもいいかもしれない。でも、死ぬ気はないんだよな? じゃあ、次の死に場所を探すのも手伝ってもらおうかな? 『きびだんご』と話すのも、悪くないと思えてきた」
道中、猿は前向きではないけど、少なくとも過去にとらわれなくなっていた。
最初は犬ともめるかと思ったけど、それもなく、皆は一定の距離を保ちながら、私との会話でつながっていた。
「ありがとう、皆さん。感謝します」(137)
頭を下げてお礼を言いたかったけど、頭と体が同じだから、下げようがなかった。
でも、気持ちはしっかり伝わったようだった。
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