第8話サルの社会も大変だね

野良猿なんているはずがない。


でも……。案外求めてみることが、いいのかもしれない。

そして何事も、無いと決めてかかるのは良くなかった。

一本松の下の六地蔵。その脇にサルが腰かけていた。


いや、あの座り方は、桃太郎!


六体の地蔵のすぐ横に、まるで七体目のように体育座りしているサルは、雰囲気が驚くほど桃太郎にそっくりだった。


多分、桃太郎は気付いていない。


サルだ! 猿だよ? サルですよ!

まさか、通り過ぎるわけないよな?


そう思っていると、桃太郎は不思議な行動に出ていた。なんと、六地蔵に『きびだんご』を三つずつ供えはじめている!


順番的にいけば、猿までいく。

なんだ、桃太郎! 君はやればできる子だったんだ!


さりげなくサルに近づき、しかもさりげなくサルに『きびだんご』をあげる事が出来る。


こんな奇跡があるなんて思いもしなかった。

ひょっとして、桃太郎という名前がもつDNAが突然呼びさまされたのか?


無事、サルに手を合わる桃太郎。ところで、六地蔵と猿に何を願う?


そもそも、本当にお前の目的は何だ? 僕にはそれが分からない。


それにしても……。


サルのことを気づかない桃太郎も桃太郎だが、目の前の桃太郎にも、『きびだんご』にも目もくれない、サルもサルだ。

せっかく、バナナ味になったのに!


何故か、サルの隣で体育座りし始めた桃太郎。なんだか、同じものを見ている感覚になってきた。


「これだけお地蔵様にお供えしても、『きびだんご』が減らない。お婆さん作りすぎだよ……。せっかく作ってくれたから、捨てれないし……。でも、この『きびだんご』腐ってないのも不思議だけど、なんだかさっきより増えてる気がする。いいかげん無くならないかな……。なんだか、ずっと気味が悪いし」

おい! 桃太郎! 失礼な奴だな!


その時、隣のサルが『きびだんご』を口に入れた!


「ひえ! お地蔵様が動いた!」

一目散に駆け出す桃太郎。

一体どこにそんな力があったのかわからない、不思議な走りっぷりだった。

ていうか、サルだと気付いてなかったのか?


でも、スズメをのせた野良犬に簡単に追いつかれてるあたり、持久力なさすぎだろ……。

この際、バテテ寝そべっている桃太郎は放置して、サルの方を説得しよう。


サルは参謀。

サルは司令塔。

待ちに待った相談相手! 五羽のスズメとの取り留めのない話はもういらない!

否が応でも、期待に胸が弾む!



「おサルさん、おサルさん。僕は『きびだんご』です。貴方が今食べたのは、バナナ味でしたが、お好みの味を提供しますよ。何でもお好みの味をおっしゃってください」(505)


「なんだ、『きびだんご』が何の用だ? オイラはもう生きてる価値のない失敗猿だ。こうして地蔵の横に居たら、なんだか地蔵になった気分だ。そして、このまま朽ちていく。地蔵の横にサル眠る。なかなかいい光景じゃないか……」

あかん! コイツはサル界の桃太郎だ。どおりで雰囲気が似てるわけだ……。


桃太郎と桃(猿)太郎を並べてみたら、多分見分けがつかないだろう。


でも、せっかく僕を食べたサルだ。

このままのがしてなるものか!

コイツさえそろえば、桃太郎の仲間、犬、キジ(スズメ)、サルが出来上がる。


この際細かいことは気にしない。

そもそも、桃太郎だって、桃太郎(仮)みたいなんもんだ。全く仕事してないし!


「どうしたんですか? サルさん。何か心配事があるのですか? こう見えても、この『きびだんご』、相談話を聞くのは得意です。多分、ため込んでいると苦しいでしょう? どうです? だまされたと思って、その想いをこの『きびだんご』にぶつけては? なに、どうせ『きびだんご』です。貴方の損にはならないはず。なにせ『きびだんご』ですから。お話を聞くこと、話すことしか能はありません」(497)

自分で言ってて、なんだか悲しくなってきた。


「…………」


「もう一つ、食べてみてください。今度は、柿味にします。だまされたと思って、さあ」(489)

サルはしばらく迷っていたが、右手を伸ばしてもう一つを食べ始めた。


「ホントだ……。不思議な『きびだんご』だな……。最後にこんな『きびだんご』を食べれるなんて、隣の地蔵さんのおかげだろうか?」

「確かにそうかもしれませんね。ただ、貴方がここにいたからとも言えますよ?」(481)

「オイラが……?」

「ええ、そうです。貴方がです。他の誰でもない、貴方がここにいたから、僕は貴方に食べられました。それは、地蔵さまのおかげかもしれませんが、貴方が食べなければ、この出会いはなかったはずです」(473)


「貴方に何があったのかはわかりません。でも、貴方はこうして私とお話しています。これは、貴方が考えていた事でしょうか?」(465)


「ふっ。だれが『きびだんご』と話すなんて考えるんだ? 常識的に考えておかしいだろ?」


「そうでしょ? たしかに、常識的に考えて、『きびだんご』がしゃべるなんておかしいです。でも、これは事実です。そして、その考えられない今を、手繰り寄せたのも貴方です」(457)


「オイラが? 手繰り寄せた? この不思議なことを?」

「そうです。貴方が動いた。だから、こうして僕は貴方とお話ししている。僕ではない。貴方が、未来を変えました。貴方の手で!」(449)


「オイラの手で……。オイラが……」

「そうです、おサルさん。貴方に何があったのは分かりません。それはとても言葉では言いつくせない事なのでしょう。でも、貴方は自分の手で、貴方が想像のできない未来をつかみました。僕は、いくらでも増える『きびだんご』です。そして、味すら自由に変える事が出来ます。こんな不思議な『きびだんご』と出会うなんて、貴方はきっと驚くくらいの強運を今、その手につかんだのです!」(441)


「強運? この手に? オイラが? 失敗したオイラが?」

「オイラになぜ? なぜ、今なんだ?」


「それは分かりません。でも、事実です。さあ、まいりましょう! ここで座っていてもいいですが、貴方が想像できない未来を、また自分の手で掴み取るのもいいのではありませんか? 僕はさっき逃げた桃太郎の腰につるしてある『きびだんご』です。あの桃太郎の腰にある限り、さっき言った事が出来る不思議な『きびだんご』です。そして、僕のことを、桃太郎はまだ知りません。知っているのは、あそこにいる犬とスズメ五羽だけです」(433)


「…………」

サルは確実に迷っている。

半分はこちらの提案に耳を傾けている。ただ、何かが足りない。

そもそも、情報不足はやむを得ない。桃太郎が復活したら、多分サルを置いて歩き出すだろう。それまでに、サルを説得しなければならない。

サルは失敗したと言った。何かミスをして、群れを追われたという事か?


「おサルさん、過去は誰にも代えることはできません。変える事が出来るのは、貴方自身と未来だけなのです。そして、チャンスの神様は、とても駆け足です。そして、前髪しかありませんので、その時につかまないとつかみ損ねます。でも、時折、チャンスの神様に似た神様がいます。それは、教訓の神様なのです。そして、教訓の神様の後には、チャンスの神様が来ることが多いです。さあ、貴方は何をその手につかみますか? まだ見たことのない未来ですか? それとも、過去の後悔ですか?」(425)

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