第6話もしもし、犬よ、犬さんよ!
家を出た時には、まだ元気のある桃太郎だったが、村を出てすぐにバテていた。
村の入り口にある地蔵の前で、体育座りしている桃太郎。
――虚弱すぎるだろ!
でも、それも無理もないか……。
今まで、ほとんど家の中だけで過ごしてきた桃太郎。
もちろん、『何もしてなかった』わけじゃない。甲斐性なし遊び人の爺さんの分まで、婆さんは働いている。だから、桃太郎も家の中の仕事はしていた。
それでも、それほど用事があるわけでもない。家から出ない桃太郎が、体力がつくわけがなかった。
そして村自体、決して裕福ではない暮らしの集まりだ。婆さんがいくら働いても、自分たちが食べていくのに、精一杯の物しか入ってこなかった。
当然いつもひもじい思いをしていた。
だから、桃太郎が丈夫に育つわけがない。
「あー、このままオイラ、死んじゃうのかな……」
天を仰ぐ桃太郎。
そして、諦めも早すぎた。
「いや、ここで死んだら、多分埋葬もされない。あそこにいる犬に食われてしまうだろう。それだけは避けないと! どうせ食われるなら、やっぱり鬼に食われた方がいいかもしれない。桃太郎、鬼と戦って見事に散る! うん、やっぱりこれだな」
そもそも勝つ気なんてさらさらなかった。それもそうだろう。常識的に考えて、この桃太郎が勝てるなら、たぶんあそこの痩せている野犬でも勝てる。
――って、桃太郎! 犬がいるじゃん! 仲間にしろよ! 僕を投げろよ! 捕まえてやるよ! 違うか、食われてやるよ! ほら、あそこから、こっちを向いてるじゃないか! 舌を出して、涎を垂らしてるよ!
あれは伝説の『仲間になりたそうな顔をしている』だろ?
桃太郎の一の子分。痩せた犬。
その登場は、まさに偶然という運命が導いてくれた出会いだと思えた。
「よし! にげよう。死んだふりしたら襲われるだろう。そっと、気づかないふりで立ち去ろう」
――熊か! そもそも今どき、熊でも死んだふりしたらダメだろ?
おいおい、桃太郎さんよ! お腰につけたその『きびだんご』を一つあの犬になげてみろ! たぶん仲間になると思うから!
でも、桃太郎に僕の言葉は通じない。
――第一、犬も犬だ。
そんな痩せっぽっちの体で、鬼と戦えると思ってるのか? 出直して来い! 強い奴を連れてこい!
でも、桃太郎を付かず離れずの距離で見守っている。
――ん? いや、待て……。あの顔は……。
伝説の『仲間になりたそうな顔をしている』じゃない!
やっぱり桃太郎のことを餌と思っている顔だ。
――いやいや、それはないだろ……。
さすがに、犬に食われましたじゃ、桃太郎もかわいそすぎる。
――どうする?
桃太郎は、この『きびだんご』の僕を完全に忘れている。普通なら、この僕を投げて、犬に食わせて自分は逃げるを選択するんじゃないか?
まさか、そんな選択肢すら思いつかないのか?
――バカなの? ねえ、桃太郎? お前、やっぱりバカなの?
こうなったら仕方がない。
そもそも、過去と他人を変えることなんてできやしない。変わることが出来るには、未来と自分だけだ。
桃太郎はあてにはできない。ていうか、あてにする方が間違っている。
――この僕が出来ること……。
増えること、無限大。
味を変えること、無限回。
食われて初めて、意思疎通が図れること、千回。
――つかえねぇー……。
自分で言っててなんだけど、役立たずにもほどがある。
いやいや、出来ることをしていくしかない。とりあえず、犬と交渉しなければならない。交渉するには、僕が食べられないとダメだ。
たべられるには、投げられないと……。いや、犬が食べてくれてもいいだ。
――そうか!
袋から、はみ出すくらいに増え続けたあと、無事に一個だけ袋から飛び出ることに成功した。
あとは味だ。このままじゃ、気づかれない。とびっきりおいしそうな肉味の『きびだんご』に変化しよう。
――常識的に考えて、そんな『きびだんご』を絶対僕は食べない。
でも、やはり犬はお腹が減っていたのだろう。僕をうまそうに食べたのだ。
*
初めて入った犬の胃袋、とっても気持ち悪いもんだった。
お腹にはあんこが入っていない『きびだんご』でも、肉味に変化することで、食べてもらえた。
「犬さん、犬さん。聞こえますか? おーい! 久しぶりにしゃべるんだから、驚いてないで返事してくれよ」(999)
俯瞰的に見ているから、犬の挙動不審ぶりには思わず笑いそうになる。でも、ここは我慢、我慢。これから、犬との交渉が始まる。
相手を悪い気分にしたら、それこそ台無しだ。まずは、いい印象を持たれないと。向こうはこの僕のことを知らないんだから。
「すみませんね、驚かせて。僕は今さっきあなたが食べた肉味の『きびだんご』です。どうですか? 新製品なので、直接感想を聞きに来ました」(998)
「なるほど、新製品の感想か。いきなりだからびっくりしたよ。でも、本当にさっきの肉味『きびだんご』なのか? なんだかちょっと胡散臭いぞ? とはいえ、うまかった」
――よし、食いつきはいい。食べたのだから当然だけど!
「もしよろしければ、他の味もご用意できますよ?」(997)
「なに? 本当か? じゃあ、今度はリンゴ味を頼む」
「リンゴ味、オーダー入りました!」(996)
その瞬間、袋の中から、また一個だけ飛び出すことに成功した。出た瞬間に味をリンゴ味に変える事は忘れない。
急いで近づく痩せた犬。やっぱりうまそうに食べていた。
「うほ! うめー! もっと食いてー!」
犬は喜んで尻尾を振っている。
――よし! つれた! 文字通り、胃袋をつかんだと言っておこう!
でも、ここからが正念場だ。とりあえず、目的地である鬼ヶ島までついて行ってくれないと困る。鬼退治なんて言ったら、この犬は逃げるに決まっている。
犬にとってのメリットとデメリットをうまくコントロールしていかないと。
「いいですよ。あの桃太郎について行って下さるなら、いつでも、どこでも、お好みの味を提供させていただきます。ただ、私達『きびだんご』は、あの桃太郎の腰についていないと増えることも、味を変えることもできません。だから、あなたの胃袋を満足させるには、あの桃太郎を守ってもらいたいのです」(995)
この犬にとって、まず簡単な依頼を遂行させる。そして、その報酬を提供する。その繰り返しで、この犬の居場所がここにある。この『きびだんご』を守るということを刷り込む。
そうすれば、本人たちにその気がなくても、主従関係が出来上がる。
「いいだろう。ついてってやる。次は、満腹にしてくれ」
「お安いご用ですよ。じゃあ、お腹の中で増えますので、ストップって言ってくださいね。でないと、吐いちゃいますよ? いいですね?」(994)
こうして、腹いっぱいになった犬は、今にも吐きそうな顔して桃太郎について行く。
「うーん。あの犬、よっぽどオイラを食べたいんだな……。涎たらしながら、まだついてくるよ……。ああ、胃が痛い……」
うん。この際、桃太郎の感情は無視しておこう!
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