第5話手も足も出ないし、口も出せない
桃太郎。
それはおそらく日本人なら誰でも知っている、勧善懲悪の物語。いわゆる、王道。
諸説様々あるし、暴力的解決だということで賛否両論もあるけど、物語としては極めてシンプルでわかりやすい。
主人公が、仲間を得て、強大な力を持つものと戦い、これに勝利する。
当然、主人公とその仲間は、物語の花形だ。
そこがうまく機能しなければ、物語としては面白くない。でも、忘れてはいけないのが、その脇を飾る人達。
そして、小道具。
戦闘ものの物語としては、これが重要な役目をになう。伝説の武器とかは最重要なものと言えるだろう。
でも、そういう物語性を持ったものではなくても、小道具が担う役割は多い。関係者から渡されたものとか、思い出の品とか、小道具の存在は結構重要な役割を持っている。
桃太郎伝説でもそれは例外ではない。その中でも特にその重要な役割を持っていると言えば、たしかに『きびだんご』に違いない。
もちろん桃もそうだけど、『きびだんご』の存在は別格。
でも、そもそも女神ちゃんの導入話に、その桃は出てこなかった。
桃太郎の超人的な身体能力を説明するのに、桃から生まれたという設定は重要なはずなのに……。
神性をもつ桃というものから生まれたことにより、桃太郎が特別な存在という位置づけが、スムーズに入ってくる。
けど、この物語はそこからおかしい。
何をトチ狂ったのか、今でもイケメン爺さん――働いているのか、働いてないのかいっさいわからない――が、どこかで不倫した挙句、その子供をお婆さんと育てる物語になっている。いや、お婆さんが育てる物語になっている。
神性も何もない。神も仏もあったもんじゃない。
しかも、桃太郎というネーミングが、何処から来たのかは大体想像がつく。
どうせ爺さんが付けた名だろう。桃尻とか、そんな類に決まっている。
大体、その爺さん。その後一切桃太郎の世話とかしてないし。
――全部、婆さんに任せきりじゃないか!
お婆さんが不憫でならない……。
そりゃ、たしかに桃太郎もあわれだよ……。
村中の爺さんたちに、目の敵にされてるわ、その子供たち、孫たちにまで目の敵にされるわ、散々だった。
だから、一日中家にいる桃太郎。たしかに外出すると、とんでもない誹謗中傷がもれなくついてくる。
そうして育った桃太郎の設定は、マイナス思考なうえに、コミュニケーション能力が低い。
――そして、かなり臆病ときたもんだ。
多くの物語で語られている、かっこい桃太郎はここにはいない。代わりにイケメン爺さんが、わがままし放題になっている。
――うん、桃太郎はわるくない。
そもそも、なんで爺さんそんなにモテる? ていうか、お前が鬼退治に行け!
まず、そこから間違っている。
その上、爺さんの恨みの矛先が、全部桃太郎に向いている。さらに、その腹いせなのか、鬼退治まで押し付けられていた。
そんな規格外の話なのに、僕が『きびだんご』になるのはどう考えてもおかしい。
たしかに、皆が憧れるスーパーアイテムには違いない。
桃太郎を助ける役割も持っている。
――でも、『きびだんご』だよ? この物語だと、桃太郎でも結構ハードだと思うけど? 『きびだんご』って、いったいどうすればいいのさ?
手も足も出ないどころか、顔もなけりゃ、話しもできない。おまけに食べられるだけの存在?
――これで一体、どうしろって言うんだ?
ていうか、爺さんを一発殴ることもできやしない。女神ちゃんが言ってた意味が今さら分かる。
――あー。さすがに『ベリーハードモード』だわ。これは無理ゲーでしょ?
今も僕をこねて作っている、お婆さんの必死な顔がいたたまれない。
我が子ではなくても、ここまで手塩にかけて、立派に育てた子だ。
その子をイケメンろくでなし爺さんのために、死地に向かわせねばならない。
村の決定に、お婆さんが逆らえるわけがない。イケメンろくでなし自由人爺さんは、今もなお、どこかで第二、第三の桃太郎を仕込んでいる事だろう。
――いずれにしても、何とかするしかない。
桃太郎の為にも、この婆さんの為にも、この僕が出来ることをしないと、この人たちが救われない。
――そう、いつまでも腐ってられない。作っている最中に腐るのは論外だ。
意識を自分に向けると、自分の能力が分かる。
女神ちゃんが頭の中に書きこんでくれているからだけど、『きびだんご』のどこに頭があるのかは、この際だから気にしないでおこう。
*
とりあえず、自分が何をできるのかを知らないことには始まらない。
はっきり言って、桃太郎はあてにはならない。
ていうか、人間ともうまく話せないのに、犬と猿と雉を、無事にお供に出来るのだろうか?
――いや、お供がいないことには始まらないだろう。
桃太郎が無理なら、僕が……。っていうか、『きびだんご』じゃ、無理っぽくない?
――何となく、諦めたい気分になってきた。
いや、とにかく僕にできることだ。
ゆっくりと、雑念を取りはらって、自分が出来ることを考えてみる。
そうすると、意識の底から女神ちゃんの声が聞こえてきた。
分裂能力。細胞分裂の要領で、自分を増やす能力。分裂回数は無限大。しかも、全部に自分の意識を同期できる。
状態変化能力。好みの味に変えられる。回数は無限大。分裂した後でも、変更可能。おすすめは、きなこ味。きなことみたらし味。
腹会話能力。胃から優しく語りかける。消化されても大丈夫。でも、回数は千回。ただし、分裂した一個につきカウントされる。千個が一度に話すと、それで終了。お疲れ様。増えすぎ食べすぎご用心。
俯瞰能力。おまけ。サービス。布の中じゃ、さすがに見えないもんね! 『きびだんご』がどうして見えるのかなんて、考えたらだめだよ? 小さいことを気にしていると、立派なみたらし団子にはなれないからね!
何とも微妙な能力が与えられていた。
しかも、丁寧な説明と女神ちゃんの好みとやさしさまで入っている。
ただ、人工知能が、好みを持っているあたり胡散臭い。
そして、最後の言葉は無視しよう。
とりあえず、まず桃太郎に『きびだんご』を食べてもらわないと始まらない。
お婆さんの気持ちが僕には込められている。
それを、桃太郎に伝えるんだ。
明け方に帰ってきた、イケメンろくでなし自由人朝帰り爺さんと、お婆さんに見送られた桃太郎は、腰につるした袋に僕を入れて旅立った。
「あー。なんでオイラがこんな目にあうんだろう……。最悪だ……。それに、お婆さん……、できたら別なものを用意してほしかったよ……。オイラ、『きびだんご』嫌いなのに……。きびだんごを好きなのって、爺さんだよ……」
――とにかく、桃太郎と話しがしたい……。
その想いすら、一瞬で打ち砕かれていた。
計画は、考えただけだけど、水泡に帰し、前途多難な未来だけが見えるようだった。
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