第4話とある桃太郎伝説
真っ暗な部屋の中に、僕は一人で立っている。
正確に言えば、立っているのか、座っているのか、寝そべっているのかは、定かではない。
ただ、ここにいるというだけの認識で、自分の体というものが希薄になっているのは事実だった。
意識だけが切り離された世界だから、それは当然なのかもしれない。
これから、設定された物語について、ガイダンスが始まる。
システム管理人と呼ばれている人物の声が聞こえるまでは、ただじっとしているしかない。
「いやいや、君も好きだね。さっき終わったばかりだろう?」
やはり、姿かたちは見えない。
ただ声だけの存在だけど、僕たちは勝手に女神ちゃんと呼んでいる。本人はどう呼ばれようが関係ないという感じだけど……。
「いや、好きだから来てるわけじゃないんだけど……。補習だよ……」
「うん、まあ君の成績じゃあ仕方ないね。でも、大丈夫? 今回の設定って『ベリーハードモード』だよ? って、今回のは、決められているから変更できないね。かわいそうに。じゃあ、とっとと終わらせますか! もう『残念でした』の結果でいい?」
なんだか投げやり感がハンパない。
「いや、一応進級がかかってるんで、まじめにやるつもりだけど……」
「うそ!? 今まで、『イージーモード』でランクDの君が、いきなり『ベリーハードモード』で完了目指すわけ? 無理でしょ?」
「そんなこと、言われなくても分かっているよ。でも、あらためて言われると、ちょっとムカつくな」
「でも、事実じゃない?」
確かに、一般的に考えればそうだろう。でも、機械に面と向かってそう告げられるとなんだか気分的にうれしくない。
「いいよ、とっとと始めたいんだけど!」
「はいはい、じゃあ設定説明を始めるけど、準備はいいかな? ちょっと長いかも?」
「いいよ、どうせ飛ばせないんだろ? 『ベリーハードモード』だから、今回はちゃんと聞くよ。でも、飛ばせるところは飛ばして。今はお昼休みなんだから」
「O.K! 実際の時間的には一分もかからないから大丈夫。今回は圧縮時間を使うからね! 飛ばせるとこは、頭の中に直接書き込むけどいいかな?」
まあ、昼休みの補修だから、そうなるとは思ってたけど……。でも、圧縮時間は正直やりたくない。ただ、昼休みをつぶすのも、その後の授業が欠席になるのも避ける必要があるだろう。
「全部そうしてくれてもいいよ。その方が、お互い時間の節約にもなる」
「それじゃあダメなんだよ。コンプライアンスって知ってるよね? ちゃんと確認してもらわないと、こっちが困る」
「なら、そう何度もしなくてもいいじゃないか? 大体、桃太郎伝説なんて、超有名だよね? 多少違いはあっても、やること変わりないよね?」
「ダメだよ、個人の理解が必ずしも正しいとは思わないことだね。『ベリーハードモード』の桃太郎伝説が、君の知っているものかどうかも分からないだろ? 桃太郎伝説には、君が知らない物語があるかもしれないよ」
ここで機械相手に探りをいれても、やはり引き出せるものはなかった。ただ、やはりベリーハードなものだから、ベースはメジャーなものではないのだろう。
「はいはい、わかったよ。まかせるよ。でも、さっさと始めよう」
「なんか、なげやりだなぁ。まあ、いいか。じゃあまず基本ストーリーを始めるかな……。ここは、昔話風でいきましょう!」
なんだか、テンションがいきなり上がった感じがする。でも、こういう時は黙っている方がいいだろう。
「…………」
「もう、ノリが悪い。じゃあ、あらためて。――昔々、あるところに、たいそうイケメンなお爺さんがいました――」
いや、これは黙っていることは出来ない類のものだった。
「おい、そんな物語聞いたことがないけど? それ、ほんとに桃太郎? 爺さんがイケメンって、物語に関係あんの?」
「いきなり最初からうるさいなぁ、黙って聞こうよ。まだ、お爺さんしか登場してないよ? ちゃんと決められた通り説明してるよ。『ベリーハードモード』っていったでしょ? 黙って聞く! これは、君が聞いたことのない桃太郎伝説だよ!」
怒っている風を装い、なんだか少しうれしそうな声の女神ちゃん。おそらく、僕の反応は予想通りだったに違いない。
――冷静になろう。この女神ちゃんは、いつもの女神ちゃんじゃない。かなり個性的な部類に属する女神ちゃんだ。
「ごめん……。悪かったよ、つい……」
「わかればよろしい。では。――イケメンの爺さんは若いころから女癖が悪く、間違って一緒になってしまったお婆さんは、昔からたいそう悩まされておりました。しかも、爺さんの女癖の悪さは、年を追うごとに激しくなる一方で、ついには、村だけでなく、山を越えて、谷を越えて、そこら中の性別が女を口説いておりましたとさ――」
「ひでー爺さんだ! 多分、昔話史上、最悪の嫌われ者だな。山に『芝を刈り』に行くんじゃなく、山に『しばかれ』に行って来い!」
いくらなんでもこの物語の序盤がひどすぎる。一応神性を宿す子である桃太郎の育ての親がこれだと、桃太郎が不憫でならない。
「うんうん、予想通りのツッコミだね。じゃあ、続けるよ」
心なしか、今女神ちゃんが笑ったような気がしていた。でも、そんなことを聞く暇もなく、女神ちゃんはその先を話始める。
――無にしよう。心を無にして聞いていよう。
「――ある時、お婆さんがおじいさんの女癖の悪さを、ため息をつきながら、川で洗濯をしていると、川上から小舟がやってきました。小舟は洗濯しているお婆さんの所にやってくると、中からたいそう綺麗な若い女が下りてきましたとさ。その女の話では、『お腹の中にはお爺さんの子供がいる。自分の村では産めないので、お爺さんの家で産むことにした』というではありませんか。しかも、もうすぐ生まれるかのように、いきなり女は苦しみ始めました。慌てたお婆さんは、とにかく家に連れて帰ります。お爺さんは、今日もどこかに行っていません。その女が、お婆さんの手で玉のような男の子を生んでも、その日、お爺さんは帰ってきませんでした――」
そこまで一気に言って、何かを待つように話を切る女神ちゃん。でも、心を無にすると決めた以上、ここで何かを言うわけにはいかない。
「聞いてる? ねえ? ちゃんと聞いてるよね? もう一度言う?」
「聞いてるから、繰り返さなくていいよ。それに、何も言わない」
「感想は?」
心なしか、少し元気のない女神ちゃん。案の定、それを期待していたのだろう。
「言うべきことが多すぎるけど……。一つだけ言わせてもらうと、肝心の爺さんどこ行った!?」
「――しょうがないなぁ。じゃあつづけるね! ――無事、出産した女は、帰ってきた爺さんに子供を託して、元の村に帰っていきました――。この修羅場は省略できるけど、どうする?」
「ごめん、省略して。きっと聞いてしまったら、色々ツッコミ過ぎて、始まる前に昼休みが終わってしまう。とりあえず、物語が始まったら、一発殴っとくよ。その爺さん」
「まあ、殴れるものなら殴っていいよ。実際、殴れないけどね? じゃ、説明再開するよ。――こうして生まれた男の子は、桃太郎と名付けられ、すくすくと育ちました。しかし、この村も、あの村も、どの村も、お爺さんの悪名は轟いています。その業を一身に背負った桃太郎は、何処に行っても、いつもみんなの笑いものでした――」
「桃太郎、かわいそ過ぎる! お爺さんが鬼か? これ?」
桃太郎は勧善懲悪の物語。序盤に村々を荒らしまわった鬼が、まさかの育ての親という設定?
――もしかして、それをどうにかするのか?
「いやいや、そんなはずないでしょ? 鬼はちゃんと別にいるよ。じゃあ、ここからは説明も省けるけど、どうする?」
「もう、聞いてられない……。とりあえず、爺さん一発殴る。どんなことがあっても、桃太郎を全面的に応援する! これ、今回の基本方針で!」
「O.K! じゃあ、省略するよ。でも、殴れないからね? ――かくして、桃太郎は、鬼退治に向かうことになったとさ!」
「それ、もう説明終わりじゃないの⁉ なんか、全体的に爺さんの事しか聞いてないんだけど? 殴れないって、どういうこと? ちょっと色々手抜き感満載なんだけど?」
さすがに、これはない。というか、まだ自分の設定も聞いていない。
「まあ、まあ、細かいことを気にしないの! その他の情報は、一気に頭の中に書きこむからね! じゃあ、『ベリーハードモード』桃太郎伝説に、いってらっしゃい! きびだんごさん! いい味期待しているよ!」
その言葉の意味を理解するまもなく、意識がまた吸い込まれていった。
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