第3話ああ言う、こう言う、親友

「で、和彦と葛西は何してるわけ? まさかお前らも呼び出しか?」


 そんなことは無いとわかってるけど、自分から言うのも気が引ける。職員室から仮想世界転移装置のある教室まで歩きながらの会話だから、聞くだけ野暮だというのはわかっている。


「まあ、そりゃ気になるわよ。あんなの聞いたらさ」

「――だな。『雪女伝説』でランクDなんて、どうやってとるんだ?」


 ああ、やっぱりそっち系ね。一瞬でも温かい言葉を期待した僕がバカだった。


「まあ、自分でも信じられないよ。しかも、『イージーモード』でランクDってね」


 元々、『雪女伝説』の難易度は低い。しかも、『イージーモード』なんて、いまどき小学生でもできる設定でもある。

 まぁ、設定自体は単なる選択ミスだったけど、変更するのが手間だったことはいいわけだろう。ちょっとした気の緩みから、選択を間違っただけ。


――でも、それがダメだった。


「噂になってるわよ。掲示されたもん。『イージーモード』でのランクDは、この学校始まって以来、初めてだって。いったいどうやったの? 何したの?」

「なあ、イージーモードって、役割は何になるんだ? 俺、『雪女伝説』自体やったことないけど、そもそも俺難易度設定は『ハードモード』以外選ばないからな?」


 二人共、心配よりも興味の方が上回っている。まあ、客観的に考えて、そう考えるのが普通だろう。


「役割設定は、十人いる子供の一人、五女さ。一番小さい子供の役。しかも、男のすぐそばで寝ていることが多い役だよ。特殊技能としては、子供はみんな雪女の能力を引き継いでるから、凍結と麻痺の魔法が使える。その上で、何もしなかった」


 そう、『何かやった』かじゃない。『何もしなかった』からこうなった。


「はぁ? 何もしなかったの? なんで? そんな能力あるんだったら、声帯麻痺させればいいだけだよね? 声さえ出なきゃ、不用意な発言も言えないし。最悪、バッドエンドにならないのよ?」

「ははーん。お前また悪い癖が出たな。どうせそんな一時しのぎが何になるとか思ってたんだろ?」


 驚きの葛西と対照的な、和彦の訳知り顔が鼻につく。


「…………。わるいかよ……」


 だが、それにどうこう言う資格はない。良いにしても悪いにしても、和彦はそんな僕の事を色眼鏡では見てこない。


「まさか、図星!? あきれた……。こんなのに先なんて考えても仕方ないよ。こんなの一種のゲームじゃない? 用意されたシナリオを、一番高い点数が付く解決策を見つけて、その方向に持っていく。ただそれだけの事なのに、一々先を考えてるわけ?」

「悪いかよ……。僕だってわかってるよ。でも、実際に目の前にその人たちがいると、そう考えてしまうんだよ」


 食って掛かるような葛西の態度に、思わず体をそらせてそう答える。時間のない時に色々と言われると厄介だけど、足を止められるのは最もつらい。


「まあ、責めるなって、葛西。歩こうぜ? でも、これが万年ランクD様の思考だよ。でもよ? いつも言うけど、余計なこと考えすぎなんだっての。葛西もああ言ってるけど、俺もそう思うよ。これはゲーム。それ以上でも、それ以下でもない。ただ、攻略すればいいんだよ。お前みたいに、登場人物に一々感情移入してたら、身がもたないぜ? あと言わせてもらうと、その先の設定は用意されて無い。お前のことだ、どうせ男は老化して、雪女は老化しないから、この先きっと、二人とも不幸になるとか思ったんだろ? 全く――。余計なお世話だってんだよ。そもそも設定はないけど、そうなるかどうかは、本人たちの問題だろうが? 何でもかんでも背負い込んでんじゃねーよ。お前はオヤジとはちがうだろうが……」


 和彦の拳が、軽く胸を小突いてきた。全く本気ではないにしても、その言葉には重みがある。


「なんで、父親の話なんか……」


 心配してくれているのはわかる。でも、それはこの場で持ち出していい話でもない。


「はいはい、もうわかったわ。それで? 今度のは、何? それって青紙よね。難易度固定よね。物語は? 固定された難易度は?」


 そんな雰囲気を察したのだろう。葛西が強引に話題を変える。その気持ちはそのままもらっておくことにして、そう言えばそれを確認していなかったことに気が付いた。


「物語は桃太郎だよ。難易度設定はしらない。僕も今さっき貰ったんだ。知るわけ――」


 だが、それを開けてみようとしたときに、和彦がそれを見事に奪う。


「おい、難易度は『ベリーハードモード』だってよ。ラッキーだな。これで一気にランクCにまで上がるぜ? なになに……。げー! なんだよ、これ? 役割が一切書いてないぞ?」

「バカね、そんなわけないでしょ? あら、ホントだ。これって秘密にしないとダメだってことね。ところで、『ベリーハードモード』は私もやったことあるけど、結構しんどいわよ。桃太郎の物語ってわかる?」


 ――この二人。当事者を放置して、青紙を奪い合って盛り上がっている。


 まるでテストの答案用紙を確認しない間に取り上げられて、その点数を馬鹿にされている気分になった。


「おいおい、葛西。いくらなんでもバカにしすぎだろ? 桃太郎と言えば、勧善懲悪の物語じゃないか、鬼退治して終わり。簡単なもんだぜ。役割設定は、多分爺さんだな。一番桃太郎と接点がない。桃太郎をいかに鍛えるのかがカギだな!」

「いや、和彦。そもそも爺さんに鍛えられるんだったら、爺さんが退治しに行けってかんじだけど? 最悪、お供することくらいできるだろ?」


 そもそも、それが一番効率がいい。いくら桃太郎に神性があるといっても、それを鍛えるだけの強さがあるんだったら、一人で送り出すわけがない。


「ばかね、それくらい桃太郎がよわっちい設定なのよ。そうね、桃太郎を鍛えるのが鍵よね。爺さんが伝説の武芸者って感じ? あと、村から出ると衰弱するみたいな? お爺さんだし?」

「いや、葛西。昔の爺は今の爺と比較にならないくらい生命力があるもんだ。それに、それなら、コイツの言うように、爺さんがお供してしまうぜ? 確かに、ベリーハードだから、爺にも制約があるな。ここは犬もサルもキジも仲間にならないんじゃね? 桃太郎は虚弱。お供なし。制約のついた爺さんがしかたなくついていく。ってこれ、勝てるのか?」

「そんな無理ゲー勘弁して欲しいわね。せめてお供はいてほしいわね。この際、犬やキジ、サルでなくてもいいから」


 二人共ずいぶん勝手なことを言ってくれる。でも、確かにベリーハードだから、何らかの制約はあるだろう。でも、二人とも大きな勘違いをしている。そもそも桃太郎伝説には、お供は必要な存在だ。


「そもそも、桃太郎伝説の犬、キジ、サルは場所によって違うからそれはないだろうね。それに、あれは一応鬼門と干支という関連もあると言われてるしね。諸説はあるにしても、そこは守るだろうね」


 日本古代史において、諸説はつきものだ。大和朝廷は征服の度に、その地方の伝承や神話を飲み込んでいったという性質をもっている。


「大体、主人公である桃太郎自身も、吉備津彦命きびつひこのみこと稚武彦命わかたけひこのみこと 大神実命おおかむづみのみことと色々なんだ。そして、物語も微妙に違っているし、舞台も岡山県、香川県、青森県、愛知県といろいろある。多分、調べればもっと色々出てくるだろう。だから、どの物語かもわからないな」


 少なくとも、メジャーなものでお願いします。いくらベリーハードだといっても、知らない物語は対応しづらい。


「さすが、無駄に知識だけはある。いや、間違えた。無駄な知識がある」

「ホント。なんでランク低いのか納得できないわね。やっぱり、無駄が多いのかな?」


 本当に言いたいことを言ってくれる。でも、この二人はこの二人なりに、僕の事を『心配してくれている』のは知っている。


「おい、もう着いたから、お前ら帰れ。僕はこれからお昼も食べずに『ベリーハード』な桃太郎を堪能してくるよ」

「あら、結局対策は立てないのね? っていうか立てれないか……」

「まあ、当たって砕けたって、『ベリーハードモード』だから、仕方ないって評価だ。失うものがないっていうのは、ある意味気が楽だろ?」


 本当に好き放題言ってくれる。でも、正直ありがたかった。あれこれ悩む必要もなく、この場にたどり着いている。もし一人だったなら、廊下でささやく人の声や視線に、気分的に嫌になっていたに違いない。


「一応お礼は言っておくよ。ありがとう。気分的にここまで来るのが楽だった」

 

 笑顔で応える二人を置いて、機械音が静かに響く、その教室に僕は足を踏み入れていた。



――しかし、何度来ても緊張する……。


 専用登録されている端末機に乗り込み、網膜スキャンで僕という個人が認証される。授業で使う一般的なものではなく、特別に用意されたこの機械は、僕にとってもかなり重要なものだった。


「Stand by. Stand by. Momotaro sequence initialized」


 無機質なアナウンスが流れたその瞬間、僕は意識が何かに吸い込まれていくのを感じていた。

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