第46話 名もなき小さな妖かしと、両親と

 今日も今日とて色々ありました。

 そんな感想を呟きそうになりながら、「ちょっと用事ができたので先に帰りますね」とその場から消えて行った馨結きゆう滉伽こうが、それから、ちょっと触り心地の良い紙に書かれた連絡先を残していつの間にか消えていた仲春なかはるくんたちを、ほんの少し恨めしく思いながら帰路についたものの。


 うちの神社に繋がる階段の一番下で、何やら騒がしいあやかしたちと、滉伽の眷属の小さいモノたちに囲まれて困り顔をした母さんが、俺に気づいて手を振っている。


「おかえりなさい、真備まきび。今日は早かったのねぇ」

「ただいま、母さん。時間は普通。で、コレは何? どうしたの?」


 右頬に手をあてて、少し首を傾けながら、「それがねぇ」と母さんが口を開く。


「どの子もね、貴方に会わせて、って言っていてねぇ」

「俺? なんで?」

「それが何て言っているのか、そこまでは母さんには分からなくってねぇ。真備、貴方はこの子たちが何て言っているか分かる?」


 そう言った母さんの言葉に、妖かしたちがショックを受けているかのような表情を浮かべる。


 え、何、伝わってると思ってたのか?

 そんなことを思っていれば、我にかえったであろう一匹の妖かしが、ガバッと口を開く。

 その様子に思わず母さんの前へ動けば、妖かしがハッとした顔をして固まった。


「あ、ごめん、つい」


 滉伽こうがの眷属たちが何もしていない時点でこいつらに害は無いし、そもそもこいつらは悪さをするような奴らでもない。

 時々、葉のついた枝に数匹で集まって、ぴょんぴょん跳ねて風もないのに枝を揺らしたり、ついてる実を落として食べたりするくらいの奴らだ。

 そんな彼らに、警戒するような行動をした俺に、妖かしたちは、さっきよりも更にショックを受け、いまにも泣き出しそうな表情を浮かべる。


「あらあら、真備ったら、イジメちゃダメじゃない。この子たち、悪い子たちじゃないでしょう?」

「……や、うん。それは知ってるんだけど……つい……」


 最近、色々ありすぎて、つい。

 俺の肩に手を置いて言う母さんに、頬をかきながら答えれば、母さんは「わざとじゃないものね」とふふと笑みをうかべる。


「とりあえず、この子たちとのお話、お願いしてもいいかしら?」

「ん、聞いとく」


 頷きなからそう答えれば、「じゃあお母さんはお父さんに声をかけてくるわね」と俺の肩をポンポン、と軽く叩いてから、母さんは歩いていく。


 ぴょん、とその背に滉伽の眷属が飛びついたのを見届けて、「さて、と」と放ったらかしにしていた妖かしたちへと意識を向ける。


「んで? お前らは揃いも揃ってどうした? ってかいつもより数が少なくない?」


 ぴょんこぴょんこと妖かしの周りを飛び跳ねている滉伽の眷属の小さなウサギに手を向ければ、ぴょん、と手のひらに乗るのと同時に、妖かしたちのたとたどしい言葉が次々に聞こえてくる。


 [キエた!]

 [タベ、ら]

 [れタ!]

 [タスけテ!!]

 [タスケて! マキび!!]


 口々に好き勝手に喋りかけてくる妖かしたちの中で、言葉として聞き取れた音に、「食べられた?」と呟けば、妖かしたちが大きく頷く。


「誰にさ?」


 階段の一番下に腰を降ろせば、妖かしたちがほんの少し離れた場所に集まってワサワサと身体を動かしている。


 [クロ!]

 [ヒラべっタイ]

 [チガう! マルい!]

 [ちかウ! ヌメヌめ!]

 [シュわしゆワ!]


「黒くて……丸くて平べったいヌメヌメのしゅわしゅわ?? なんだそれ」


 ナゾナゾか?

 嘘をついて騙せるほどの力はこいつらに無いし……そんな考えもなさそうだし。


「となると……?」


 何それ、マジで分かんないんだけど。

 いや、待て。黒で、ヌメヌメって。まさか。

 ワーワーきゃーきゃー言いながら言い合っている妖かしたちの様子を観察しつつ、考えていれば、[マキ、び]と一匹の妖かしが俺の名前を呼ぶ。


「何だ? どした?」


 滉伽こうがの眷属に纏わりつかれながら、一匹の妖かしがトテトテと歩いてくる。


 [ヤなやつ、クる]

「ヤなやつ?」

 [アいつ、おなジ]

「同じ? 同じって何が?」


 言葉の意図が掴めず、妖かしの言葉を繰り返していれば、かなり離れた場所に一人の男が立っているのが見える。


「何してんだ? あの人」


 あと一歩踏み出せば結界にあたる、というぎりぎり結界の外側のところに立ったまま、男性はじい、と微動だにせず神社のある山の上を見上げている。


 それからほんの僅か、意を決したかのように、手を伸ばした男性の腕に、青白い稲妻が走った。


「?!」


 結界が彼を弾いた。

 その事実に、足に力が入った瞬間。


「真備様、そのまま動かずに」


 その声とともに、リン、と聞こえた音に横を見やれば、じっと前を見据えたままのスズが姿をあらわす。


「スズ? 何があったの?」

「…………」


 ほんの少し、眉を潜め表情を硬くしたスズの視線の先をおえば、そこには、とてもよく見知った人が立っている。


「父さん?」


 なんて険しい表情をしているのか。

 男性の元へ歩いていく父さんを目で追いかけていれば、男性がようやっと父さんに気付く。


 遠すぎて、声は聞こえない。

 聞こえないけれど。


「めちゃくちゃ言い合ってるし……父さん、すごい怒ってるし……大丈夫なのか、あれ……」


 あんなにも怒る人は初めて見た、なんて思うほど、ものすごい剣幕で父さんと言い合う男性に、ほんの少しの違和感を覚える。


「何だ? いまの」


 その正体が分からず、けれど、目を離すわけにもいかず、じい、と見つめていれば、ほんの僅か、男性の顔周りの景色がぼやける。

 思わず、ゴシ、と目を擦って、もう一度、見やるものの、景色はぼやけたままだった。


「あれは」


 輪郭のつかめない男性の顔周りの色が、少しずつ、灰色へと変化していく。

 そう認識した瞬間、ぞわり、と背を冷たいナニカが走る。


「と」


 父さん、と一歩踏み出した瞬間。

 ひやりと柔らかな風が頬を撫でる。


 鼻先を、身体中を、背に走った冷たさすら、ほんの一瞬で、木蓮の匂いの持ち主に上書きされる。


馨結きゆう?」


 彼の名を呟けば、ポトリ、と目の前に何かが降ってくる。


「……鱗」


 慌てて掴んだそれは、手のひらに溶けて消えた。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「十三代目」

「あ、ぬ」


 すと、と彼の前へ立てば、降りるときに着物か髪があたったらしく、「わぷっ」という彼の声が聞こえる。


 親子そっくりだと、彼から溢れ出た声に少し口角があがる。


「おや、おやおや! これはこれは! ぬえ殿ではないですか! 探していたのですよ!」


 ―― 不快だ。


 聞こえてくる音も、この者の纏うモノの全てが不快だ。

 そう思うと同時に、あがっていた口角も気分も急降下していく。


「覚えておりますかな? 昔、本家宅にて、アナタにお会いしたのです! あの頃のワタシはまだまだ若輩者で、ああ、アナタがたしてみれば、ほんの少し前の体感かもしれませんが」


 べらべらべらべらと、聞いてもいないことを目の前のコレは喋っている。


 ―― 消してしまっても構わないだろうか。


 そんな考えがよぎった私に、「鵺殿」と控えめな声が背にかかる。


 ちらり、と後ろを見やれば、疲れた様子の十三代目が、苦笑いを浮かべ、首を横に振っている。


 はぁ、と小さく息を吐き出し、前方へと視線を動かす。


 目に映るのは、コレの背の先で、不安そうな表情をして私と十三代目を見やる、まだまだ小さな、我が主殿。


「……人とは、奇妙で、厄介なものですね」


 純粋な者と、歪な者が、すぐ隣で肩を並べて息をしているとは。

 そんな意味をこめて、ボソリと呟けば、「そう! そうなのです!!」と目の前にアレが騒ぎたてる。


「さすが鵺殿です! わかっていらっしゃる!! 」

「……」


 返事をするのすら、鬱陶しい、煩わしい。

 そんなコチラには相変わらずに気が付かないまま、独りでに何かを納得したらしいソレがまた煩い口を開く。


「ところで、鵺様、風の噂で、アナタ様がとある見習い陰陽師かぶれと共にいるという話を耳にしたのですが」



 陰陽師かぶれ。

 ソレの発言に、ピリ、と電気が溢れる。


「そんな小童なんぞより、どうでしょう? ワタシと共に参りませんか!!」


 ピリ、ピリリ、とまたひとつ、小さな電気が溢れていく。


「こう見えて、ワタシも本家へ連ねる身! 力も、金も手にいれております! アナタの望むものは、何でも手に入れてみせましょうぞ!」

「……何でも、ですか?」

「鵺様っ?!」


 ソレの発言に、ぴくり、と身体が動き、言葉を返せば、十三代目が背後で焦った声をあげる。


 ―― ふむ、まだまだ健在ですか。


 あえて焦りを隠さない声色の十三代目の様子に、ほんの少しだけ、気分が和らぐ。

 坊っちゃんなら、なんと言うでしょうかねぇ。

 まだまだ若いですから、本気で焦ったりするのでしょうかね。

 坊っちゃんは良くも悪くも純粋ですからねぇ。心配になるほどに。

 

 そんな事を考えていれば、十三代目と私の様子に何を勘違いしたのか、ソレが「おお!」と嬉々とした声をあげる。


 ―― 悪い待遇ではないだろ、使うだけ使ってやるって本心が見え見えなのですよ。

 


 勝ち誇ったような顔をし、顔が緩むのがこらえ切れない。そんなソレに、思わず呆れて、はあ、と短く息を吐き出せば、男の顔の輪郭が、朧げになっていく。


 じわじわと染み出てくる、灰色の靄。

 その靄に、留めていたイライラが、決壊した。


 ゴッ、と強い風がソレにあたり、バチンッ、と白い火花が、あたりを舞う。


「なっ、えっ、ぬ、鵺様?! い、ど、どうされっ」

「お前ごときがわたしを満足させられるとでも?」


 尻もちをついた足をガクガクと不格好に震わせ、ソレがこちらを見やる。


「……この程度で、腰を抜かすか。舐められたものだな。この私も」

「ヒッ?!!!」

「ソレともども、消し去ってくれよう」


 スッ、と目を細め、ソレを見下ろした瞬間、ぶわりと吹いた風が、ソレの姿を消した。






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