第38話 言われなくても分かってる。
力が溢れる感覚が、久しい。
ほぼ満タン近くまで満ちたのが記憶に新しいというのに、そこから更に溢れるほどとは。
魂のあたりをくすぐられるような感覚は、覚えがある。
主の心の内に変化があったのであろう、と不本意ながらに相棒の
ああ、そうだ。
わたしたちは、これを待っていたのだ。
どうか、このきっかけが、この幼き主であれ、と、願い続けた日々は、無駄では無かったのだと、喜びを一人、噛み締めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「うわー……本当に真っ白」
するすると滑っているみたいに間を通る髪色は、テレビとかで見たことのある雪原みたいに本当に真っ白で、ぽつりと呟けば、「
「あ、ごめん。触りすぎた」
ぱっ、と手を離した傍から、指先が拘束され、「え、どしたの」と思わず問いかければ、きゅと俺の手を掴む手に力が籠もる。
「ありがとうございます。主」
そう言って、滉伽がふふ、と嬉しそうに笑う。
「うん?」
何が?
首を傾げて、次の言葉を待てば、ぱたぱたっ、と頬に何かが触れる。
「
抱えていた初月の耳だと気付いて、視線を動かせば、顔をあげた初月が「まきび」と俺の名前を呼ぶ。
「初月?」
ぼんやりとした表情のままの初月に、もう一度名前を呼べば、初月の額がキラと光を放つ。
初月のおでこってになんかつけてたっけ?
そんなことを思った直後、ぞわっ、と背中に寒気が走る。
バッ、と振り返った先に、黒く大きな靄が立ち昇る。
「なん」
なんだ、アレ。
そう呟きかけた直後。
「ちょうどいい」
いつもより少し低めの滉伽の声が、耳に届いた。
「
「やっと見えたでやんす!」
「……
「ちょっとアレを調べてきます。くれぐれも無茶はしませんよう。分かりましたか?!」と、何度もひとに念を押したあと、黒い靄が立ち昇ったあたりへと向かった滉伽と、初月を連れて家に帰るという馨結と別れた直後、周りの音が聞こえると同時に屋上にきていたらしい
「飲みもの買いに行ったのに全然戻ってこないし、次の授業始まんのになぁーってって思ってたら、なんか急に
「それはごめん」
「そうですよ
「オロオロしてたから、とりあえず分かる範囲で状況伝えてたけど、それでもずっとオロオロしてたぞ」
ケラケラと笑いながら言う太地に、ごめん、と一つ目に謝れば、「ご無事ならそれで良いんでやんす」と一つ目が安心したように笑いながら答える。
「あ、ちなみに、次の授業、なんか急に自習になったぞ」
「へ? そうなの?」
「うん。何か急に。んで4限の体育は体育館使えないから校庭だとよ」
「……へぇ……あ、桂岐。あ……」
「……行ってしまわれたでやんす……」
太地や一つ目と違い、屋上の入口に立ったままだった桂岐が、じっ、とこっちを見ていた、と思ったら、くるりと背を翻して屋内へと消えていく。
「……やっぱりよく分からないかたでやんす……」
小刻みに身体を震わせながら、一つ目が呟く。
「真っ先に異変に気づいたのも桂岐なのにな」
ぽす、ぽす、と一つ目の頭を軽く撫でながら太地が言った言葉に、「そなの?」と驚きを隠せずにいれば、「そうだよ」と太地が頷く。
「まぁ……なんていうか……素直じゃないからなぁ、桂岐」
ケラケラと笑いながら言う太地に、「素直じゃないっていうか……」とかえせば、「素直じゃないだけだよ」と太地が同じことをもう一度言う。
「いわゆるツンデレってやつでしょ」
「いや、多分それは違う気がする」
「そう?」
かぶせ気味に否定した俺に、太地が不思議そうな顔をしながら問いかける。
「じゃあ真備はなんだと思うん?」
そう問いかけた太地に、考えた事に、肺の空気が重たくなった気がする。
「それ、は……」
俺じゃなくて、真備さんを
「探す相手は、ここにいんのにね」
トン、と俺の胸を人差し指でつつきながら、太地は困ったように笑う。
「ま、時が解決するってやつッショ」
「そんなもんか……?」
首を傾げる俺に、太地は「そんなもんでしょ」とまた笑った。
◇◇◇◇◇◇
「で?
「……拗ねてなどいない」
「ふうん? でもさ、オレと
「……それは……お前たちにいつまで経っても成長の兆しが見えないからだ」
「へぇ? 桂岐には見えてないの?」
「…………」
「あんなに眩しいのに」
言葉の通り、封印を解いた日から、真備の持つ力が、青白い眩しい光のようになって常に滲み出ている。
まぁ、時間が経った今は、ようやくダダ漏れでは無くなったけど、時々、妙なタイミングで、力が溢れてしまっている。
本人の意志など関係なく、真備から溢れる
けれど、自分も、桂岐も、
その影響なのだろう。
オレは真備の血肉を食べたいとも力を奪いたいとも、さっぱり思わないし、思えないし。多分、桂岐も同じなんだと思う。
ま、あくまでも多分、オレの予想でしかすぎないから、いざ生死がかかったらどうなるか分かんないけど。
「お前……それが分かっているなら、何故なにもしない」
「何もってなに?」
「あんなもの、狙ってくれと言いふらしながら歩いているようなものだろうが」
「まぁねー。でもさ、オレたちに出る幕なんて無くない?」
「……」
「それこそ、オレたちが出たら、桂岐のいう成長ってやつの邪魔になるだけだと思うけど」
「…………」
チッ、と返事の代わりの舌打ちに、素直じゃないなぁと呟けば、桂岐が押し黙る。
「桂岐はさ」
しばらくの沈黙のあと、声をかければ、無言だけが返ってくる。
「誰を探してるん? 」
「あいつに決まっている」
「そう? オレにはそうは見えないけど」
「……何が言いたい」
ギロ、と金に色を変えた瞳が、自分を捕らえる。
「んや。言いたいことなんて、言われなくても分かってるだろうから、言わない」
「…………おまえ」
「人に云われてどうこうするヤツじゃないでしょ。桂岐だって」
「……それはどういう」
ほんの少し、驚きを混ぜた金色に、「桂岐だけじゃないってこと」と答えれば、彼は不服そうな表情を浮かべる。
「わー怖い。そろそろ逃ーげよっと」
明るく白々しく言えば、桂岐がまた舌打ちだけ返す。
その様子に、ふっ、と笑いを零しながらそっと口を開く。
「どっちの
小さな、小さな声で呟いたオレの声を、桂岐が聞き漏らすわけもなく。
「……お前に言われなくても」
わかっている。
そう呟いた桂岐の声は、オレの風にのって、空に消えた。
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