第34話 知らないけれど、知っている人
「え、してませんよ?」
「え」
「まぁ、契約に近い形ではありましたが……私たちはあくまでも
「友人……」
「ええ。まぁ、
「え、そうなの?」
「ええ。変わり者でしたからねぇ」
「ああ、そうでした。そういえば報告がもう一件」
「ん?」
「今朝のあの爆発ですが」
「……うん」
「どうやら、ほとんどの人間は気がつかなかったようですねぇ」
のんびりと告げた馨結の言葉に、「やはりか」とじいちゃんが呟く。
「やっぱりって、え?? でもあんなデッカイ音と衝撃きたのに?」
「ええ。まあ、まだ何ともいえないですが坊っちゃんと同じように、十三代目も感知したようでしたが、多少なりと見鬼の才を持つすみれさんも気がつかなかったようです」
「え……?」
「ひとまずは、詳細は
「おや?」
「戻ってきたようですね」
言葉を途中で止めた馨結の視線の先の空気が少し歪む。
ぽこ、と現れた名のない小さい妖かしたちが、光を纏いながら馨結と滉伽に一生懸命に何かを伝えている。
その報告を聞いていた二人が、ほんの一瞬、目を見開いたあと、揃って俺の顔を見る。
その直後、滉伽の術が部屋全体を覆った。
「して、状況は」
「宜しくないといえば宜しくないですし、良いといえば良い、ですかね」
「また分かりにくい表現を」
「ですが、今のところ、これが適切かと」
「おや、
「ええ」
「ふむ」
遮蔽の術を発動したのか、と思うのと同時に話を始めたじいちゃん達の様子に、黙ったまま行く末を見守る。
「ところで
「え、あ、はい」
「ここ最近、見知らぬ人間からの接触はありましたか?」
「え、っと?」
どこまでを知らない人というのか。
というか急に何。
馨結の問いかけにそんなことをふつと考える。
「道すがらでも、学校ででもどこでも構いません。誰か心あたりありますか?」
「心あたり……」
少しだけ、瞳に鋭さを浮かべた馨結と視線が重なる。
知らない人、と言われた時、思い浮かんだのは最近知り合った一人の先輩。
けど、どうしてか、先輩は『知らない人』には当てはまらない気が、する。
何故だか、分からないけど、俺は彼女を『知っている』。
言葉を交わしたのなんて、本当につい数日前が初めてだというのに。
真備、と
なにも言わなかった俺に、初月はそれきりでだった。
「……特にはいない気がするけど」
「……本当ですか?」
じい、と心の内を見透かすような薄紫色の馨結の瞳が、俺を捉える。
「……今の、ところは」
そう答えながら、ふい、と馨結の瞳から視線を外す。
ほんの少しだけ、どこから湧いてきたのか分からない罪悪感に、馨結と滉伽の目が見れない。
「……」
けれど、どうしてだか、今はまだ、彼女のことを馨結と滉伽に告げる時期じゃない気がしていて。
「主……?」
不安そうな滉伽の声に、指先に力がこもる。
そんな声をさせたいわけじゃない。
そんな顔をさせたいわけじゃない。
でも。
―― 「キミは、同じなのね」
―― 「……教えてなんて、あげないんだから」
あのとき、すぐには気づけなかったけど、先輩と、あの声は、同じなのだと思う。
俺が知らなくて、彼女が俺を知ってるってことは、きっと、真備さんに関わることだけど。
胸に走った懐かしさと、焦燥感は、決して嫌なものではなかった。
だからなのか。
馨結と滉伽の心配するような、悪いことが起こる予感なんて、全くしない。
でも。
それでも。
「坊っちゃ」
「ごめん。いまは、言えない」
「……坊っちゃん……」
「主……」
「……ごめん……」
呟くように謝ったまま、握りしめていた手に視線を落とせば、俺の手を、ひとりの手がぽん、ぽん、と撫でる。
その手に、視線をあげれば、目尻に皺を寄せながら、じいちゃんが笑う。
「じいちゃん……」
「大丈夫じゃよ。別に
「……じいちゃん……」
「ただ、こやつらは、ただただ、お前が心配なだけだ。それだけは分かっているだろう?」
ぽん、ともう一度だけ、軽く撫でられた手に、こくり、と頷く。
「それが分かっているなら、大丈夫だ。そうだろう? 鵺、白澤」
そう問いかけたじいちゃんに、ちらり、と
「まったく。そんな泣きそうな顔をしないでください。
「え」
「そうですよ、主。わたしたちが主のその顔に弱いって分かっていてやっているんですか?」
ぺたり、と俺の頭や頬に触れながら、馨結と滉伽は言う。
「どのみち、坊っちゃんがそんな顔をしてまで私たちに告げないということは、私たちが何をしても坊っちゃんが口を開くわけがないんですから。そうですよね、
「ええ。主はこう見えても頑固ですからね」
「本当ですよ、まったく、坊っちゃんといい、真備といい十二代目といい、どうしてこうも頑固なのやら」
はぁ、ともう一度、大きな息を吐き出したあと、「坊っちゃん」と馨結に名を呼ばれる。
「悪い予感が、しなかったのでしょう?」
じい、と俺の目を見ながら、馨結が問いかける。
「うん。その……なんていうか……全くなかった」
そう答えた俺に、馨結はふむ、と小さく呟く。
「……坊っちゃんのその予感は、外れたことはありません」
「……馨結?」
「ですが、私と滉伽個人が、その人物が坊っちゃんに危害を与えるモノだと判断した時点で、立ち入ります。いいですね?」
「え、っと……?」
ぐしゃ、と俺の髪をかき混ぜながら言った馨結の言葉の意図が掴めずに、ぽかんとしたまま馨結を見れば、馨結はほんの少し唇を尖らせて顔を背けている。
「馨結?」
「しばらくは
ふふ、と静かに笑い声を零しながら、そう言った滉伽の言葉に、ぱち、と瞬きを繰り返せば、馨結の耳の先が少しだけ赤に染まる。
きちんとした理由も告げられない俺を、信じてくれる。
背中を押してくれる。
馨結と滉伽。
人ではない彼ら。
けれど、俺にとっては、そんな二人の言葉が、嬉しくて、どんなものよりも、何よりも心強く思えた。
◇◇◇◇◇◇◇
『……とはいえ』
『ええ』
我が主に気づかれぬよう、互いにだけ分かるように妖力を繋げる。
『……あの様子では初月も喋らないでしょうし』
『そうですねぇ』
我が主の様子から見ても、学校で何かしらの接触があったのは確かだろう。
『どうしたものか……』
『それも気になる点ではありますが……馨結、わたしはそれよりも』
『……ええ、分かっています』
滲み出すように、感じ始めたこの気配。
それが幼き我が主に、吉と出るか、凶と出るか。
測りきれない主の未来予測に、名の知れ渡っている妖二人が頭を悩ませていたその頃。
時は、刻一刻と、動き始めていた。
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