第33話 倒れるのは○回目
「―― じゃから、あの封――は」
「――ではなぜ、いや――は」
「
「ですが!!」
「さむ……」
誰かの話し声が聞こえる。
そんな風に意識が浮上すると同時に、身体に走った寒さに、ぶるっ、と震える。
「あ、
「
「え、あ、うん」
ずい、と顔を覗き込んできた
その様子に、そうさせたのは自分だったことを思い出して、口から乾いた笑い声がこぼれる。
「てゆうかさ、俺、倒れすぎじゃない?」
今年に入ってから何回目だよ。
そんなことを考えば、「だいたい5回弱くらいですかねぇ」と
「数えてたの?!」
「数えていたというよりは、覚えてしまった、に近いですね」
「……覚えて……そっか」
―― 覚えていないことが多いんです
以前に馨結とそんな話をしたことをふいに思い出し、なんだか少し、しんみりとした気分になる。
「ちなみに立ち眩みの回数を足すならほぼ倍ですね」
「いやそれやっぱ覚えてなくていいやつじゃね?!」
しんみりした俺の気持ち返せ!
そんな気持ちになりながら馨結を見れば、馨結は顔を背けて肩を震わせている。
「きーゆー」
クックッ、とまったく隠しきれていない笑い声に、馨結の背中にのし掛かりながら名前を呼べば、「相変わらず仲が良いのう」と愉しげな声が聞こえる。
「あ、じいちゃん!」
その声にガバッ、と顔をあげれば、「今日は元気そうだのぅ」とじいちゃんが笑う。
「じいちゃんまで言う……」
「まぁまぁ、そうは言うても倒れるだけで済んでるんだ。良しとしておいたらどうだ? 最悪の場合は、倒れてそのまま、なんてこともあるしなぁ」
にこにこと笑いながら俺の頭を撫でるじいちゃんに、まぁ……そうっちゃそうだけど、と呟けば、じいちゃんが声を上げて笑う。
「?」
笑い声はいつもと同じだ。
ただ。なんとなくその声に違和感を感じて、ジッ、と顔を見れば、じいちゃんの顔には、ほんの少し緊張の色が浮かんでいる。
その様子に、「じいちゃん?」と祖父を呼べば、俺の声に気づいたじいちゃんが、「……ああ」と短く答える。
ほんのひと時。
じいちゃんが静かに息を吐く。
「星が動いたあの日から、16年の歳月か……」
「……じいちゃん?」
「のう、真備よ」
名を呼ばれた次の瞬間、じいちゃんの纏う空気が変わる。
その空気に、唾を飲み込めば、ごくり、と喉が鳴る。
「真備。いや、十四代目」
「……はい」
十四代目。
久しく呼ばれていない呼び名に、背筋が伸びる。
「来たるべき
その声に、キラリ、と祖父の瞳が光る。
「……来たるべき、とき?」
「ああ」
俺の問いかけに、そっ、とそこに置かれた一冊の本に触れたあと、じいちゃんが俺へと視線を移しながら口を開く。
「陰陽道の始祖が一人、
ジイ、と俺を見るじいちゃんの瞳に、力がこもる。
「この世にって?」
使うべき時、って?
立て続けに問いかけた俺に、じいちゃんは、俺の顔をジッと見やる。
「じいちゃ」
「できたら、そんな日が永遠に来ない日を、願っていたのだがな」
「じいちゃん?」
陰陽師の顔から、じいちゃんの顔に変わる。
けれど、それもほんの僅かな時間で。
「お前には、これから先、この街の、いや、もっと、もっと多くの人の命がのし掛る」
「……それは、どういう」
どういう意味なのか。
そう問いかけようとした瞬間。
「でもねぇ」
不満げな
「馨結?」
「ぶっちゃけて言うとですよ? なんで我々の坊っちゃんが、たかが他人のために犠牲になるんです? って話なんですよねぇ」
「え」
たかが他人て。
馨結のぶっちゃけすぎる言葉に、じいちゃんも苦笑いを浮かべている。
「だって縁もゆかりも無い人間ですよ? 坊っちゃんが尽力する必要が私にはまったく理解できないんですよねぇ」
ぎらり、と光った馨結の瞳が、じいちゃんを捉える。
あの瞳は、冗談なんてものではなく、本気の瞳だ。
その様子に、思わず息をのめば、馨結と向き合っていたじいちゃんが、硬い表情を崩して「そうさなぁ」と呟く。
「え」
「いや、正直わしもそんな時は来なくて良いと本気で思っておるのだがなぁ」
「……えええぇ……」
陰陽師であるじいちゃんのことだ。
馨結の言葉を窘めるに違いない。
そう思っていた俺の予想とは180度違う答えに、口から、えぇ、という声がもれる。
「なんじゃ? 仕方あるまい? お前はわしにとっては後継者である前に可愛い可愛いたった一人の孫だぞ?」
俺の声に目尻をくしゃっとさせながら、そう言ってじいちゃんは笑う。
「でもじいちゃん、いつもいつも地域の人を優先させてるじゃん」
記憶にある限り、いつもじいちゃんは「誰か」のために、行動しているように思う。
家族のため、お隣さんのため、地域の人のため、困っている優しい妖かしのため。
そんな人やモノのために、じいちゃんが力を使ってきていることを、幼い頃からずっと見てきた。
俺の憧れでもあり、尊敬する陰陽道の先生。
そんなじいちゃんの口から出てきた言葉に、驚きを隠せずにいれば、じいちゃんの手が俺の髪をかきまぜる。
「そりゃあなぁ。手の届く範囲でわしの力で助けられるモノは助けたいものだよ。だがなぁ。こればかりは……こればかりはなぁ……。本当にそんな刻など、来なくて良かったのだ。こればかりは、
あくまでも、声は軽やかだ。
けど、その瞳に、はっきりと滲むそれは。
頭を撫でる手は優しい。
俺を見る目も、声も、いつでも優しい。
いつも笑ってるから、目尻には笑い皺が出来ている。
そんなじいちゃんの、こんな顔は。
ぎゅう、と胸の痛みを覚えながら、「じいちゃ」と声をだせば、ぽす、と背中に誰かの手があたる。
「ま、それもこれも、ぜーんぶ
「え」
じいちゃんのそんな表情の意味を全てぶち壊すかのように、馨結が呆れたような声で言う。
「え、だってそうでしょう? どうせ未来視で視えてしまったこの結果を、そこそこ先の刻かぁ。自分じゃどうしようも出来ないしなぁ、あ、でも遠い孫に凄いのがいるじゃないかぁ! この子ならどうにか出来るな! とかなんとか思ったんでしょうね」
「それはわたしも同感ですね。真備の未来視は果たしてどこまで視えているのやら、と幾度となく思いましたし。それに、真備は人や妖かしに関わらず巻き込むのが大得意でしたから。ただ」
「ただ?」
「ただ、言うなれば、力が有り余ってたんなら自分でどうにかすれば良かっただろ、この野郎、でしょうか?」
「え」
「ふふふ」
えぇぇぇぇ。
馨結と
そんな二人の物言いに、じいちゃんもまた苦笑いを浮かべている。
「……二人は師には相変わらずに辛辣だのぅ」
「当たり前ですよ。これでも真備と違って坊っちゃんは唯一、我が主と決めた人間なんですから」
「え」
ぷんぷん、と頬を膨らませながら言う馨結の言葉に、一瞬、耳を疑う。
「え、ねぇ馨結」
「なんです?」
相変わらずまだ少し頬を膨らせたまま、馨結が自分を見る。
「馨結って、真備さんと契約してたんじゃないの?」
そう問いかけた俺に、馨結は瞬きを繰り返したあと、滉伽と顔を合わせた。
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