第30話 あのかたは昔もいまもやんちゃでした。
「そういえば、
「えっとねー、最近はあんまりお社にもお山にもいなくてねぇー。あっ、色んなところに行ってるみたいだよ!」
「……色んなところ?」
「なんかとーぴょー? とーみょー? なんかそんなとこ!」
「……とーぴょー……?」
「あ、あとねあとね! おうどん食べてくるって!」
「は? うどん食べてくる……?」
初月にとってみたら生みの親? とも云える
初月の言った色んなところに行っている、というのはすんなり想像がつく。
が。とーぴょーって云うのはよく分からない。
とーみょーっていうのもよく分からないけど。
っていうか、とーみょーって豆苗のことか?
っていうか、うどんって何。
昼ごはんのこと?
初月から仕入れた情報に、頭を抱えながら「……そこいらの謎ナゾより難しい……」とぼやけば、確かにー、と笑う
「これで分かったら
「……なんかぜんぜん嬉しくない……」
がく、と肩を落としながら言った俺に、太地がうははは、と声をあげて笑う。
「あ、てかさ! 大天狗さまって、真備んちの山に居るあのすっごいヒトだろ?」
「太地も知ってるんだ?」
「知ってる知ってる。っつうか、暫くの間は、ここら一体はあの人の独壇場だったらしいよ」
「……へ?」
「今風に言えば、地域妖怪カーストのトップってやつ!」
「……カーストトップ」
「ある日突然あらわれた、とんでもなく力を持ったやんちゃなカーストトップ、だってさ」
「……うわぁ……」
確かにすごい妖力を持っているのはよく分かる。
色んな意味でチートな存在なんだろうな、とも思っていたけども。
「昔はよく暴れて、っつかよく巫山戯て色んな妖怪たちを倒しまくってたらしいよ?」
「……マジっすか」
「しかも笑顔で」
「え、怖」
「まぁ、オレはじっちゃんたちに話聞いただけなんだけどな!」
「ああ、うん……なるほどね……でも、うん」
想像できる気がする。
太地の話に、大天狗さまが笑顔で暴れている様子が目に浮かぶ。
それもこれも、幼少期から無茶振りばかりされてきたせいだろうけれども。
妙に納得し頷いていた俺を、初月は不思議そうな顔で見てくる。
「それにしても」
最後に大天狗さまに会ったのはいつだったか。
初月と太地の戯れる姿を眺めながらそんな事を考えていたら、いつの間にか休み時間を終えるチャイムが鳴った。
「大天狗さま、でヤンスか?」
「うん」
あれから、
その光景にホッとしつつ、ときどき初月の背中やらお腹やらをもふったりしながら、特に何事もなく昼休みをむかえた。
「そういえば、自分も最近お見かけしてないでヤンスねぇ」
何故か別のクラスのはずなのに、俺たちのクラスの、俺の隣の席に腰をおろしたのは、
「……そうなんだ」
「へい」
もぐもぐ、と弁当を食べ始めた一つ目をぼんやりと見ながら答えれば、バリッと豪快にパンの袋をあけた
「そんなに気になることか?」
「いや……まぁ……なんだろうね? 特に理由はないんだけどさ」
「ふうん? でもまぁー、あの人しょっちゅうプラプラしてるんだし、そもそも
「まぁ……確かに」
前に
上から見ていた滉伽が昔は別のところにいたのを覚えていたらしく、だいぶ前にそのことについて訪ねた時に大天狗さまは「なんとなく」と答えたそうだ。
なんとなく。
妖かしが暮らしていくには、生きづらくなったらしい現代。
うちには
けど。
「なぁんか気になるんだよなぁ……」
誰も彼もが、最近、大天狗さまを見ていない。
胸の奥が、ざわざわする。もやもやする。
何で、なんだろう。
お弁当の卵焼きを口に入れるものの、咀嚼する気がおきない。
別に俺、大天狗さまに意地悪されたいわけでも、無茶振りされたいわけでもない。
けれど。
帰宅すれば、自宅や神社、山の中などどこにでも現れて、何処ででも昼寝をしている姿を、ここしばらく見ていない。
そんなことに気がついてしまうと、何故だかは分からないが、なにやら気になってしまうらしい。
胸の奥がざわついた理由を、そう解釈して、口の中の卵焼きと一緒に、胸の奥のもやもやを粗めに噛み砕いて、ゴクリと飲み込んだ。
「ねぇ、キミ」
「?」
昼ごはんを食べ終わり飲み物を買いに自販機へと向かえば、後ろから声をかけられる。
誰だろう。
そう思いながら振り返った先には、にっこり、と笑顔を浮かべた一人の女子がいて。
「えっと……?」
俺? とキョロ、と周りを見渡すものの、どうやら俺しかいないらしい。
「久しぶりだね」
「……はい?」
こんな美人、知り合いにいたっけか。
大慌てで記憶を引っ張りだすものの、心あたりが全くと言っていいほど、見つからない。
「えと……すみません、人違いでは……」
1つ上の先輩だろうか。
こんな綺麗な人、初めて見た。
ぼんやりとそんな事を考えながら彼女を見れば、彼女が不思議そうな表情を浮かべる。
こてん、と首を傾げた彼女の髪が、するりと揺れる。
「初めてじゃないわよ?」
「え」
「あたしは、知ってるもの」
「は?」
ぴょん、と小さく跳ねて近づいた彼女の、髪が揺れる。
「ダメよ」
「っ?!」
柔らかそうな唇が、紡いだ言葉に、驚いて息を吸い込めば、彼女はふふ、と楽しげに笑う。
「のだめぐよ」
「……は?」
「野原の野に、田んぼの田、芽吹きの芽に王様の王と久しぶり、の久をあわせた玖って書くの」
「え、あ、はい」
「それと、キミの1つ上の学年」
「えと、あの」
『楽しそう』に笑っている。
くすくす、と笑う声も、表情も、『楽しそう』なのに。
「キミは、同じなのね」
「え、あの」
「また、ね。
「わっ?!」
ちょん、と鼻先に何かが触れた。
そう思った次の瞬間には、もう彼女の姿は見えなくて。
「……え」
人か、妖かしか。
そんな事を考えると同時に、
「なんで、あんなに泣きそうな顔を」
嬉しい。
楽しい。
でも、悲しい。
そんな表情を浮かべていた彼女、野田先輩の姿に、
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