第29話 その声は、届かぬまま
―― 「ーーーーーーーッ!!!」
誰かが、叫んでいる。
―― 「なぜだ!」
なぜ彼はあんなにも激しく泣いているというのに
なぜ、誰も彼の傍に行かぬ
―― 「わたしはそんなことしていないのに!!!」
なにゆえ、彼は
―― 「あなたにもっと早く」
あの日、伸ばした手は、震えていた。
知っていたはずだ。
人は脆い。
人は弱い。
儚いからこそ、美しく
か弱いからこそ、一人では生きていけぬことを。
誰よりも、わかっていたはずなのに。
「……すまぬ、――― よ」
その手を取らなかったことは、
いまでも
悔やんでも悔やみきれない。
「ーーきび、
「え」
呼ばれた声に、沈んでいた意識が急浮上する。
バッ、と顔をあげれば、少し後ろを向いていた
「あ」
思わず溢れた声に、先生は仕方ねぇなぁ、とつぶやき、苦笑いを浮かべたあと、また口を開いた。
「
「えぇぇー」
ぶーぶー、と口にしながら立ち上がったクラスメートに、心の中でごめん、と謝ってから、目の前で眉尻をさげながら俺を見る太地に苦笑いをかえす。
ほんの少しの間だけ俺を見た太地は、小さく息をはいたあと黒板へと向き直る。
さっきの声、誰だったんだ?
問いかけたところで答えなんて返ってくるわけがないのだけれども。
あの人、真備さんの声じゃなかった。
何かをひどく悔やんでいるように思えたけど……。
それに、やけに耳に残る声で、どこか聞き覚えのある声だった。
「……ような気がする」
口の中で溶けて消えるほど小さな声で呟きながら、古文の教師が綴るチョークの文字を眺める。
「この歌はなー、流れの速い川の水は、岩にはばまれて、別れることがあるだろ? それでも、やがては同じ流れに戻る、みたいに、今は離ればなれになる二人だけれど、いつか、また、会える時が来る。っていう切ない歌なんだよ。恋歌とか、家族にあてた歌とかな、人によってだいぶ受け取りかたが変わる歌だな」
コンコンッ、とチョークで黒板を軽く叩きながら言った先生の言葉に、瞬きを繰り返す。
『恋歌』
でかでかと黒板に書き込まれた文字に、一部のクラスメートの目が輝く。
「せんせー! それってラブレターってことですかー?」
「まぁラブレターっちゃあラブレターなんだが……ラブレターっていうとなんか陳腐に聞こえる気がするんだよなあ」
「変わんなくない?」
「でも分かる気がするー」
わいわい、と起きていた女子たちの一部が楽しげな声をあげる。
その声を聞きながら、「恋歌、ねぇ……」と思わず声がもれる。
初恋すらまだの俺にはよく分からないなぁ……
そんなことをぼんやりと考えながら、黒板を見つめる。
「崇徳天皇っているだろ? え、あれ、みんな知らないか? あれだよ、生きたまま天狗なったって言われててだな」
天狗。
先生の声に、身体がぴくりと動く。
「……そういえば最近」
大天狗様を見かけていないような。
声に出さずに呟けば、『大天狗さまはねぇ』と元気な声が頭に響く。
「うい」
づき、お前?!
続く予定だった言葉はかろうじて叫ばずに止まる。
本当にかろうじて。
口を思い切り手で覆ったから、怪しさマックスではあるけれども。
『えっとね!
そんな元気な
……かばん?
何でカバン。
そう思いつつ、先生の目を気にしながらカバンを取れば、ひょこ、と白い何かが一瞬だけ顔をだす。
……いまの。
思わずカバンの蓋を抑え込んだ俺と、後ろを振り返っていた太地と目が合う。
「真備、いま」
「あ」
『あ』
太地の言葉に、俺と初月が同じ反応をした瞬間。
「痛ぁっ?!」
ペチン、と軽い音とともに、太地の頭に丸まった教科書が乗せられた。
「こらー、
「え、せ、ちょっ」
「賀茂もだぞー。今は授業中なんだからカバン抱えてないでペンとノートを抱えろー」
「先生ー! オレと真備の時間、邪魔しないでよねー?」
「はいはい、ノッてくれてありがとな鎌井」
ぺしぺし、と悪ノリを始めた太地の頭を先生が軽く叩き、くすくす、と教室内に小さな笑い声がわく。
「ほら再開するぞ、って、ああ、もう終わりか」
ちら、と時計を見ながら先生が言ったあと、校内にチャイムが鳴り響いた。
「ちょ、ねぇ真備?!」
「俺も知らないってば?!」
ガバッと勢いよく振り返った太地に問いかけられるものの、俺だって知らない。
「なんで
「やっほー、
「やっほー、じゃないよ
「でも叫ばなかったでしょー?」
カバンを挟んでコソコソと話す俺と太地は多分、クラスメートからは変な目で見られているだろう。
だろうけれども。いまはそれどころじゃない。
「つか本当に、なんでいるの、初月」
「鵺様が一緒に行っても良いって言ったから!」
「……それはさっき聞いた……」
えっへん、とカバンの中で胸を張りながら云う初月に、はぁ、と息を吐き出せば、「ん? 」と太地が首を傾げる。
「どうかした?」
「真備、ちびっこの首になんかついてる」
「首?」
そう言って太地が初月の首元を触れる。
「……紙?」
「……紙、だな」
太地から手渡された紙は、かさり、と小さな音をたてる。
「……これ」
ー
口の中で小さく呟けば、太地の表情が固いものへと変わる。
「おい、ちびっこ。お前これ」
誰のだ。
そう続けた太地に、初月はきょとん、とし瞬きを繰り返す。
「誰ってどういうこと??」
ちょこ、と首を傾げ、太地を見た初月に、太地が目を見開いたあと、はぁ、と大きなため息をついた。
「おっ前なぁ、ちびっこー。誰だかも知らん奴にこんなんつけられて気づかなかったのか?」
「知らないヒトじゃないよ! 大天狗さまだもん!」
「へ?」
「あ?」
「は?」
もふんっ、と身体を大きくしながら叫んだ初月の言葉に、俺と太地、それから、
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