第25話 十二代目と、白澤

「……これで6箇所ですね」

「……ああ」

「大丈夫ですか? 少し休みましょうか」

「いや、いい。まだ大丈夫だ」

「ですが……」

「なんだ? いつもはコチラ寄りだの人外だの狸だとぬえと笑っておるだろうが」


 くつくつと声をおさえて笑う彼に「事実でしょう?」と声をかければ、彼は笑みを深める。


「のう白澤はくたく真備まきびがまわるのはどのくらいだ?」

「こちらよりもかなり多めですね。三分の二は真備様がまわるルートになっていますね」

「……どうした? 急に厳しくなったのう?」

「厳しく、というよりは真備様には場数を踏んでいただこうかと。圧倒的に経験も少ないですし」


 そう言った自分に「……まぁなあ」と彼は呟く。


「それならなおさら、この程度でバテるわけにはいかんなぁ」

「ですが……あなたは先日も」

「白澤」


 最後まで言い終わらないうちに、彼が言葉を被せてくる。

 と同時に、ある気配の変化に気付きバッと顔を動かす。


 やはり、貴方はコチラ寄りじゃないか。

 彼の様子に、くす、と小さく笑い声をこぼす。


 彼が見たその方角は、今まさに自分たちが話題にしたばかりの少年がいる方角だ。


 ぶわり、と自分の身体に主の力が巡ったと感じた次の瞬間。

 青白い光が大きく広がり、あの一帯を包んで弾けた。


「……いまのは」

「真備様ですね」

「……相変わらず企画外じゃのう」


 なにやらじんじんと指先が痺れているような気がする。

 その感覚に、ちらり、と指先を見やれば、柔らかな青白い光が自分の身体を包んでいるのが見て取れる。


 久しぶりだ。

 そんなことを呟きそうになりながら、体内を探ればやはり主の力が身体に満ちている。


 主の力は、心地良い。

 彼とも、主の云う「あの人」とも違う、主の力。


「おお、おヌシのそれ、久々に見たのう」

「それ、とは」


 それ、と言った彼が、自分の目尻を指差しながら笑う。


「しかしまぁ、すまんなぁ。久しぶりのそれを一番はじめに見たのが、わしになってしまったなぁ」


 そう言って彼の顔は、いつもと違う表情で笑う。


 その表情は、知っている。

 人が、そういう表情をする時は、胸の内で感情が複雑に絡み合っているということを。

 この人がこういう表情をする時は、幼い孫の将来を案じている時だということを。


 自分たちからすれば、あっという間の。

 彼らからすれば、長い長い年月を経て、わたしが彼らから学んだこと。



「……十二代目……」

「のう、白澤」

「……何でしょう?」


 くしゃり、と目尻に皺を刻み笑う彼の次の言葉を、ただ静かに待つ。


「真備を、頼む」

「……十二代目、それは……」

「なに、心配せんでもまだ死にゃぁせんよ」

「……そうですね。まだ鬼籍に入られては困ります。真備様は、まだまだ手がかかるのですから!」

「ははは。そうだなぁ」


 そう言って笑いながら、彼は再び視線を動かし、もう一度「……そうだな」と静かに呟いた。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇




「おい」

「ん?」

「お前は、どうするつもりだ」

「どうする、って何が?」

「何が? お前、何も聞いていないのか?」

「何もって、え、何の話?」


 不機嫌そうな桂岐かつらぎの表情に、一瞬たじろぐものの、聞かれた言葉の意味がわからずにそのまま見返す。

 そんな俺に、桂岐は「チッ」と舌打ちをしたあと口を開く。


「街に穢れが増えている」

「……うん?」

「いま暫くはお前のアレで一時的に抑えられるが、元に戻るのも時間の問題だろう」

「え、待って。ねぇ、本当に何の話?」

「何の? だから穢れの話だろうが」

「えっと……」


 桂岐の言っていることが分からなすぎて聞き返したものの、そんな俺を見た桂岐が目を見開いたあと、ぬえへと視線を動かす。


「おい」

「何でしょう?」

「何故こいつに何も伝えていない」

「なぜ? おやおや、そんなにもっちゃんのことが気になりますか?」


 何故だか鵺がにやにやしながら、桂岐に問いかける。

 いや待って。そもそも俺が気になるってなに。

「ねえ」と声を発した俺を、ふたりはちらりとも見ることなく会話を続ける。


「何を意味のわからないことを。オレは、何故こいつが自分の役目とやらをやらないのかと聞いているんだ」

「いや、というかですねぇ? そもそも、桂岐。貴方、昔からそうですけど、気が早すぎるんですよ」

「……なんだと?」

「貴方だって知っているでしょう? 坊っちゃんはつい先日まで、本当に一般的な、ごくごく普通の男子高生でしかなかったんですよ?」

「…………」


 鵺の言葉に桂岐が黙ったまま俺を見る。


「いや、あの、普通の男子高生なら妖かし見えないし、狙われないじゃんよ!」


 自分で普通じゃないって云うのもなんか違う気がするけども!!

 そんなことを思いながら、ぶんぶんっ、と両手を顔の前で振れば、俺の顔を見て「まぁ……普通だな」と桂岐はつぶやく。


 ねぇ、おい、ちょっと!! 何を見て言ったのかな?! 桂岐?!


「むしろ普通すぎて拍子抜けしたくらいだったな。そういえば」

「あ、それはちょっと分かる〜。オレも記憶取り戻してからあれぇ? ってなったし!」

「ちょ、太地たいちまで?!」

「あー、でも真備に似て顔ととのってるよねぇ」

「……平均よりは上だな」

「ちょ、勝手に顔面診断するなよ!! お前ら全員、イケメンなんだから!! 傷つくの俺だけだから!!! つか、そもそも俺の話聞いてっ?!」


 桂岐も太地も俺のことを見ながら話すものの、俺の言葉に答えてはくれず。


「ねぇ、ちょっと3人とも!!」


 そう声をあげた直後、鵺の手のひらに口を抑え込まれ、「わぶっ?!」と変な声が出た。


「そうでしょう? それにさきほどの祓いだって坊っちゃんの初めての経験なのですから。まずは褒めるところからスタートするべきでは?」

「んーーーーっ!!」


 俺の言葉をまるっと無視し、最終的にはにこりといい笑顔を浮かべた鵺に、桂岐が俺をちらりと見たあと、大きな溜息をついた。


「……賀茂かも、お前……甘やかされすぎだろう」

「……」


 呆れたような表情をしながら言う桂岐かつらぎの言葉に、じとりと視線を返せば、桂岐がまた溜息をはく。


「ひとまず、こいつは何も知らないんだな?」


 ぬえに抑え込まれたままの俺を見て、桂岐は鵺に問いかける。


「そうですね。ねぇっちゃん?」

「?」


 ひょい、と俺の口に手を当てたまま、鵺が器用に顔を覗き込んでくる。


「知りたいですか?」


 その瞳が、光と翳りのどちらも持っているように見えた。



「穢れがどういったものなのか、という説明は省きますね」

「うん」


 結局、こういう説明とか解説の類は、鵺よりも白澤はくたくのほうが分かりやすいし適任だということで、絶賛、白澤が話しをしている最中なのだけれども。


「端的にいえば、真備まきび様。真備様には、一日でも、一刻も早く、十二代目とともに。もしくは十二代目の代わりに、穢れを祓う必要があります」

「……じいちゃんの代わりに?」

「はい」

「……いずれはこの家を継ぐんだろうなぁとは思ってたけど……なんでそんな急に?」


 そう問いかけた俺に、白澤がポケットからカサリ、と紙を取り出し、広げる。


「……また町内図?」


 見覚えのあるそれに、自分のポケットに入っていた地図を思い出す。


「真備様、先ほどの町内図、出していただけますか?」

「え、あ、うん」


 白澤の言葉に、ポケットの中の紙をとりだす。


「はい、白澤」


 そう言って、手渡そうと白澤を見やれば、鮮やかな赤色が目にはいった。

















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