第21話 視えると違って見えるもの

 ぬえには、言ってはいけない気がした。

 それは何故だか分からないけれど。

 鵺にも、白澤はくたくにも、言ってはいけないのだと、そんな気がした。



「……目立ちすぎじゃない?」

「そうですか? 一応、洋装にはしてみましたが」

「これだから美形は!! グレーの七分袖シャツとジーパンはいてるだけなのに!!」

「ちなみこのシャツは商店街の洋品店ウラシマさんで300円で、ジーパンは500円です」

「現代に溶け込みすぎだし?!」

「ですがこの身長ですと結構いろいろと大変なんですよ? 丈が足りなかったりしますし」

「じゃあ縮んだらいいじゃん」

「それは出来ませんね」

「なんで?!」


 さらり、と格安服を颯爽と着こなした鵺が、校門前のガードレールに寄りかかりながら、俺を見やる。


「バイクに乗る時に小さいと大変なので」

「そこ?」

「あとはそうですね。っちゃんに抜かされないために。身長を」

「またそうやって俺が気にしてることを!」

「はいはい。大丈夫ですって、まだまだ成長期です」

「身長が伸び悩んでる俺に言う?!」


 161cmという絶妙な身長で止まってしまったらしい俺の背。

 毎日、牛乳も煮干しも食べてるというのに、なぜ。


 むむむ、と寄りかかっているというのにアリアリと滲み出る鵺の足の長さに唸り声をこぼしていれば、「大丈夫ですって」と鵺の声とともに頭に重みが降ってくる。


「坊っちゃんの身長は伸びますよ」


 はいコレ、と手に持っていたヘルメットを俺に渡しながら、鵺は言う。


「何で断言?」


 身長体重とか、身体的特徴なんて鵺でも予想できないって言ってた気がするけど。

 首を傾げながら鵺の言葉を待てば、「ま、勘ですけど」と鵺はにこりと笑顔を浮かべるだけだった。



「ひとまずは、腹ごしらえがてらに、池の方に行こうかと」

「分かった」

「カバンはちゃんと背負いましたか?」

「背負ったってば」

「今日は大丈夫かとは思いますが、寒かったら言ってくださいね。調整するので」

「調整?」

「ええ。こうえてもあやかしですので」

「ああ、なるほど」


 よいしょ、と鵺が支えるバイクに跨がれば、運転手である鵺もまた慣れた手付きでバイクへとまたがる。


「では、出発」


 はーい、と背中越しに答えるや否や、エンジン音とともに、俺たちの乗るバイクが動き出す。


 たまに、本当にたまにこうして鵺の運転するバイクに一緒に乗せてもらうことがあるのだけども。

 いつも思うけど。


「鵺ってけっこう乗り物好きだよな。鵺とか白澤ならやろうと思えば一瞬で移動だって出来るのに」

「そうですね。ですが、対価さえ払えば自分で動かずとも移動できる。翼や妖力を持たぬ者が考えたものも案外楽しいものですよ?」

「そういうもの?」

「ええ。それに電車やバスなどは途中で眠れますし」

「そこ?」

「そういった場所は情報収集をするに丁度いいのですよ」

「そうなの?」

「ええ。人が集まるところには、妖かし以外にも色々なものが集まりますから」


 ちらり、とほんの少しだけ後ろを振り向きながら言った鵺に、そういうものか、と一人頷く。

 そういえば、だいぶ前に聞いたけど、別に前を見なくても運転は出来るらしい。

 じゃあ何で人真似をしているのか、と聞いたら。


 ―― 「そのほうが面白そうだから」


 だそうだ。

 やっぱり、妖かしの、いや。鵺の考えることは、時々よく分からない。




「ここは息がしやすい」

「でしょうね」

「?」

「さっきの通ったあの場所は少し喉がつかえたのでは?」

「あ、うん。そんな感じだった」

「あそこは澱んでますからね」

「澱んでるって?」

「そのままの意味です。空気の悪い場所。良くないものが集まる場所」


 ビルとビルの間の、暗く日の当たらない場所。

 通り過ぎる時、ひゅっ、と喉が締まったような気がした時に、ぬえが俺を呼んだ。


 「っちゃん」

 「……なに?」

 「いえ何も?」

 

 その時は何も言わなかったけど、気を反らしてくれたのか。

 そう理解して、「ありがとう」と告げれば、鵺はただ静かに笑う。


 胸がつかえる場所

 息がしやすい場所

 寒い場所

 温かい場所


 なんでもないところと、そうじゃないところ


 場所ごとに感じることが違う。


 何度も来たことがある場所も、今までとは違う肌感覚を感じて、不思議な気分になる。


「気分が悪いとか頭が痛いとか、鳥肌がおさまらないとかはあります?」

「特には」

「なら大丈夫です」

「なあ、鵺」

「なんです?」

「さっきからさ、この、水色っていうか、白っていうか、あ、いや、青? なんか、そんな感じのシャボン玉みたいなのが地面からめっちゃ出てるんだけど、これ怪異? 嫌な感じはしないんだけど」


 触っても割れない、このシャボン玉もどき。

 地面を指さしながら鵺に問いかければ、鵺は驚いた顔をしたあと瞬きを繰り返す。


「ちなみに坊っちゃん。それはいつからえてました?」

「え、んーと、2ヶ所目はぼんやりしてて、さっきの場所からは結構はっきりと視えてた気がする。あ、でも、色もカタチも違うよな」


 さっきは黄色とかオレンジの、タンポポの綿毛みたいなのだった。

 そう告げれば、鵺の眉がぴくりと動く。


「鵺?」

「これは……」

「?」

「少し、失礼しますよ」


 そう言った鵺の手のひらが、俺の目のあたりに近づいてくる。


 相変わらず指長いなぁ、なんてぼんやりと思っていれば、ぴたり、と鵺の手が俺の目を覆った。


「なぁ、何して」

「坊っちゃん、これでもう一度、地面をみれますか?」

「見る、って鵺の手が」

「見るんじゃないです、視る、ですよ」

「え、あ、ああ。えっと」


 触れているはずなのに、ひやりとしている鵺の手。

 大きな手に視界を奪われてはいるものの、言われた通り、目を閉じて、地面へと意識を向ける。


「なんか、シャボン玉もどきいっぱいあんね」

「それのさらに、下です」

「下?」

「ええ。下のした、もっと下のほう」

「もっと、下……」

「立っている場所から、遠く遠く離れた場所。そうですね。例えていうなら、私が坊っちゃんを空につれていって、坊っちゃんは空から下を見ているような」

「空から、下」


 それは


「もしくは、高い場所に登って、下を覗き込むような」


 その2つの例えに、急に身体に浮遊感が生まれる。

 地面に足はついているのに。

 浮かんでいるような、宙にぶらさげられているような、そんな感覚。


「そうです。そのまま下を視る」


 鵺の声が耳元で聞こえる。


 下。

 した。

 もっと下。


 シャボン玉みたいな泡みたいなものが増えてくる。

 どんどん、どんどん。


「眩しい」


 ソレが増える度、明るさが増していく。


「目が」

「大丈夫です。坊っちゃんなら」


 眩しさで目が痛い。

 そう言いかけた俺に、鵺は大丈夫だと繰り返す。


 明るい、眩しい。

 身体の周りが、全部ぜんぶ水色に埋め尽くされているような、そんな感覚になり始めた時、コオォォォ……、と風の吹くような音が聞こえる。


「風……?」


 足元を通り過ぎる水色の流れが早い。

 というか、気づけばだいぶ、ソレに近づいているような。


「なんか、川みたいな……」

「ええ、それが龍脈です」

「え、龍みゃ」

「坊っちゃん」

「なに?」


 パンッ!!!


「うわっ?!!!」


 突然聞こえた何かが割れたような音に思わず大きな声が出た。


「何っ?! 何なになになに?!」

「はい、お帰りなさい」

「…………は??」


 いつの間にか、ぬえの手は、俺の目元から離れていて、その手にはいつもの扇子が握られている。


「……扇子……」

「正解です」


 にっこり、と笑いながら言った鵺に、「びっっっくりしたぁあ……」と大きく息をはけば、鵺がふふ、と笑う。


「あんまり長く視ているのも身体に悪いですからね」

「身体に……?」

「ええ。龍脈は人が触れるには、あまりに力が大きい。地脈も、ですけどね」

「力が」


 地に流れる大きな力。

 人が扱うには、手に負えないもの。


「そうです。まぁ、っちゃんのキャパシティなら多少は平気っちゃ平気かもしれませんが。なんせ今日は初体験ですし」

「俺のキャパ? 何それ」

「それは後にしましょう。ひとまずは」

「ひとまず、って、う、わっ」


 ぐらり、と視界が揺れる。

 と同時に、鵺の髪が俺の頬にあたった。


「ほら、立っていられないでしょう?」

「そういうことは先に言ってよ!!!」

「大丈夫ですよ。私が居ますから」

「どこも大丈夫じゃないだろ!!」

「大丈夫です」


 ほら。

 そう言った鵺が、ひょい、と俺の身体を持ち上げる。


「人払いはしてありますし。少しはゆっくりしましょう」

「ゆっくりって」

「私だって疲れる時もあるんですよ」


 さく、さく、さく。

 鵺が歩く度に音を鳴らす芝生と、鵺の髪を揺らす風の音。


 その音に、これは本当に鵺の昼寝時間なのでは。

 そんな事を思いながら見上げれば、鵺は満足そうに、静かに笑った。













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