第22話 契約の意味
「……なんか、不思議な感覚だなぁ……」
いつもの街だけど、目を凝らせば違うものに視えてくる。
それと、なぜだかわからないけど、
「慣れればそれが普通の感覚になるそうですよ。
「俺たちでも……? ってことは鵺は普段から視えてる?」
「むしろどれが視えていて、どれが視えていないものなのかが分かりにくいとも言えますが。坊っちゃんに関しては何となく分かりますけど」
「そなの?」
「そりゃあ、坊っちゃんが生まれた時から一緒にいますし」
「……というと?」
「視線を追いかけていれば何となく分かりますね」
「なるほど」
「……まあ……でも」
「?」
でも、と言ったあと、鵺の言葉が止まる。
「鵺?」
頭を少し動かして、顔を見ようとするも、思った以上に動かない。
「貴方は、本当はもっと力があるんですよ。坊っちゃん」
「……どういうこと?」
ぼそり、と呟いた鵺の言葉に、思わず問いかければ、鵺の手が俺の手を掴む。
「坊っちゃん、私を誰だと思っているんです?」
「え、鵺じゃなくて?」
「そうです。人間が言う伝説の妖怪、ってやつですね。強いですよ。私」
「うん?」
何が言いたいのか。
話の意図がつかめずに、無理やりに顔を動かせば、少しだけ鵺が不機嫌そうな顔をしている。
「この私が、弱い人間につくと思っているわけでは無いでしょう?」
「でも」
そう問いかけられた言葉に、『あの人』の存在が頭をよぎって、言葉が止まる。
そんな俺に、鵺の片手が俺のおでこをペシリ、と叩く。
「まったく。坊っちゃんは自分を過小評価しすぎなんです」
「……って言われてもなぁ……」
実感も実績もない。
今の俺は中級妖怪も立ち向かえない見習い陰陽師なわけで。
ついさっきも倒れかけたばかりだし、これで自信を持てと言われても。
その意味をこめて、そう呟けば、おでこの当てられていた鵺の手が、俺の頭を少し後ろに倒す。
「坊っちゃん。妖かしと陰陽師との契約の意味は、覚えていますよね?」
「うん。真名を交わし、その者に仕え、その者の力となり、その者と共に生きる。そのモノ本当の名、真名を聞き、真名で契約を結ぶ、だろ?」
「……まあ、合っているといえば合っていますが……」
「違うの?」
「力の授受、という意味もあるんですよ」
「力のジュジュ?」
「主の力を借りる、主に力を貸す、って意味です」
「護る、護られる、ってこと?」
「そうとも言いますね。極端に言えば妖かしを支配下におくもの」
「支配下……」
鵺の言葉を、小さく繰り返せば、「そうです」と鵺が答える。
陰陽師の呪力によって、妖かしを支配下におく。
それは、自由を好む彼らには、とてつもなく、不快なものなのでは。
その考えに行き着いた俺に、「坊っちゃん」と鵺の声が聞こえる。
「私も
「でも」
「それに、まあ嫌だったら全力で拒みますし」
それでもダメだったら?
その問いかけを、声に出せずにいた俺に、鵺の手がおでこから離れ、俺の手に触れる。
「それなら、真名を教える前に選びます」
「選ぶ?」
「ええ。自分が死ぬか、相手を殺すか、ですね」
「……思った以上に物騒だった」
「それはそうでしょう? では、坊っちゃんは、自分の憎む相手に、自身の生死を握られるとなったら、どうします?」
「それは……」
「坊っちゃん」
「なに」
「皆がみな、心優しき者ではない。貴方ならこの意味は分かるでしょう?」
「ん」
すべての人間が正しいわけでは無い。優しいわけでもない。それは人の世界に生きる自分も身に沁みて知っていることだし、強すぎる力が、破滅の道を切り開くことも、幼い頃から幾度となく聞かされてきた。
「ですから、私も白澤も、貴方だから選んだんです。自分の、
するり、と鵺の少し大きい両手が、俺の両手をすっぽりと包む。
でも、本当は。
そう言いかけた言葉が止まる。
『俺』ではなく、俺の中に眠る『あの人』と契約したはずだったのではないか。
本当は、あの人を護るためだったのでは。
本当は、俺じゃないほうが
「坊っちゃん」
「……なに」
きゅ、きゅ、と握られる鵺の手の温かさに、自分の体温が下がっていたことに気がつく。
「私は強欲な妖かしなんです」
「……うん?」
「なので、どちらか片方なんて選びませんよ」
「それって」
「なので」
「なので?」
鵺の言葉に、落ちていた視線を動かせば、鵺の少し切れ長な目が俺を見る。
「少しでも私が楽ができるように、坊っちゃんも修行がんばってくださいね」
「なんだそれ」
「当たり前でしょう? いくら坊っちゃんの力が本当はもっと強いとはいえども、私は不要な労力も苦労も御免ですね」
「……ふはっ、鵺らしい」
口は悪いけど、自分で自分の身を守れるように頑張れ、とそう言った鵺の目元は、ほんの少しだけ優しい。
ふくく、と小さく笑い声をこぼせば、「坊っちゃん」と穏やかな鵺の声が続く。
「私は、
「
「もう言わないですからね。しっかりと覚えておいてくださいね」
じい、と見つめられる瞳は、揺るがない。
「それに、坊っちゃん。そろそろ本気を出さないと、マジで死にますよ?」
さらりとそう言った鵺に、「……うそぉ」と呟けば、鵺はただただ、ニコリといい笑顔を浮かべた。
「じゃ、試しにやってみましょうか」
「え」
「何事も実践あるのみ、と言うじゃないですか」
「え、待って、失敗したら」
「失敗したら私が薙ぎ祓えばいいだけの話です」
「物理攻撃?!」
祓詞がダメならそりゃ物理でしょう、とさも当たり前のような顔をして言う鵺に、そういや鵺は、基本めんどうくさがりだった、と思い出す。
「大丈夫です、って。これくらいなら坊っちゃんでも出来ます」
「……本当かなぁ……」
「疑り深いですねぇ」
「や、だって、やったこと無いし」
はい、と手渡されたのは、小さな酒瓶と、昨日の夜、白澤に出された宿題、というか祓詞用の札。
どうやらバイクの荷台に積んでいたらしい。
「ここの澱みは、あの黒い靄、あれが原因?」
「ええ。放っておけばあれは拡がり、人へモノへと
「……でも俺、見習いでは……」
「大丈夫ですよ。坊っちゃんですし。それに十二代目と十三代目からもゴーサイン出てますし」
「めちゃくちゃ外堀埋まってる」
「人間追いつめられたほうが良いって言うじゃないですか」
「言わないだろ?!」
「ほらほら。早くしないと夕飯に間に合わないですよ」
「ああ、もう!!」
ぐいぐいと背中を押してくる鵺に、「出来なくても怒るなよ?!」と半ばヤケクソになりながら言えば、鵺は笑顔でひらひらと片手を振ってくる。
そんな鵺に、はああ、と大きくため息を吐いたあと、瞬きを一回だけ、繰り返す。
前を向き、息を吸い。
願うは、この場所の、穢れを祓うこと。
「掛けまくも、畏きイザナギの」
―― 「手遅れになる前に祓うのは、坊っちゃんたち、視えるものたちにしか、出来ないことです」
幼いころから聞いていた、父さんや、爺ちゃんたちの声が、重なっているような気がする。
パキッ、と開けた小瓶の蓋の音が、やけに耳に残った。
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