第20話 月と風
「
「ん?」
玄関で靴を履いていた俺の背にかかった
「なに?」
「今日の宿題はこちらです」
「朝から?!」
「宿題に朝昼晩などありませんよ?」
「……鬼」
「増やして差し上げましょうか?」
「ごめんなさい」
ボソリと呟いた言葉に、ニコリと笑顔を浮かべた白澤に思わず謝りながら言えば、「坊っちゃんも学ばないですねぇ」と
はい、と手渡された紙切れを開いてみれば、何やら書いてあるのは地図のようだけど。
「……なんで町内図?」
「なにか気がつくことはありますか?」
「青ペンと赤ペンでバッテンが書いてある場所がある」
「正解です」
「これ何?」
地図を開いたままで白澤を見やれば、少しだけ屈みながら白澤が地図の一部を指差す。
「昨日はなしをした要石、覚えていますか?」
「えっと、大規模結界の一部になるもの、だよな? 神社でも、塔でも、力が宿るものなら木でも池でも石でも良いって言ってたやつ」
「そのとおりです。では、この青ペンのココと、この場所は?」
「ここは駅の東側にある稲荷神社と鉄塔?」
「そうですね。そしてココは昨日はなした要石がある場所ですね。この青ペンの場所をぐるりと繋ぐと」
「赤ペンの場所は中央に位置するから……地脈とか龍脈が地上と近い場所、だっけ?」
「大正解です。ご褒美にチョコを差し上げます」
「サンキュウ?」
はい、と手渡された傘型の棒付きチョコが手のひらに置かれる。
「というわけで、今日は学校が午前中で終わりですし。本来ならわたしがご一緒したいところなのですが、どうしても、本当にどうしても外せない用事が出来てしまったため、学校が終わる頃に、この男を向かわせます」
そう言った白澤の指先が、彼の少しあとに来た鵺を指差す。
「……えっと……要するに、午後は鵺とこの赤バツと青バツの場所めぐりをしてこい、と?」
「昨日も言いましたが、実際にそこがどういった場所なのか。力を持つ者として、目にしておくことは必須案件です。力が制御できれば、式神越しで見えるのですが、真備様はまだそこまで式神の制御が出来ませんし」
「あ、いや、それは良いんだけど……そっか。白澤は行けないのか。ちょっと残念」
「真備様……!」
ほんの少しだけガッカリしながら地図へと視線を動かせば、何やら白澤がぷるぷると震えたような気もするが、たぶん気のせいだろう。たぶん。
それにしても。
昨日の夜の白澤の呪術座学で学んだ大規模結界の話。
実際に目で見て、その土地の気に触れて、地脈に触れる。それは大事なことで、今後、必ず役に立つことがある、と白澤が言っていた時に、「ここのお煎餅屋さんの大辛七味せんべいが美味しいんですよ」なんて言っていたから、てっきり、一緒に行くのかと思って話を聞いていたけれど。
まあ……そうだよな。鵺と違って白澤って何だかんだで忙しそうだもんな。鵺と違って。
「坊っちゃん、今とても失礼なことを考えているでしょう?」
「そんなこと無い。そんなことナイ」
「いい加減、貴方は嘘をつくのが下手なことを自覚すべきですね」
「え、俺ウソつくの下手なの?!」
「モロバレです」
「マジか」
ぺしんっ、と俺の額を軽く叩きながら言う鵺の言葉に驚いていれば、鵺は愉快そうに笑う。
「ま、そんなわけで、学校が終わる頃に迎えに行くので、逃げないでくださいね? 坊っちゃん」
「……うへぇーい」
「そんな返事をするなら、お昼ごはんのハンバーガーとフライドポテトの予定は取り止めにしますが」
「必ず行きます」
しゅばっ、と左手を額のあたり持ち上げ敬礼ポーズのマネをしながら言えば、鵺が「まったく」と軽くため息をつきながら笑った。
「知らなかった」
「マジっすか」
「うん。存在消されてたとか」
「無いでやんす」
「ですよねー」
白澤に出る直前に渡された地図を見やれば、俺の通う学校にも青バツがついていたことに気がついて、隣を歩く
それもそうか。
「っていうか、一つ目、普通に学校通ってるのか」
「違和感ないでショ?」
「いや……まあ……うん。違和感っていうか、中二病感?」
「坊っちゃんに褒められたでヤンス!」
「褒め……まあいいか……」
義体化、というか人型になっている一つ目は何というか……右目があ! って言い出しそうな雰囲気が満載というか。
もともとこの隣を歩く一つ目は目は一つ、昔の番傘が妖かしに变化したものなのだが。
人型になった今は、人で云う片目には眼帯をつけて前髪は長め。
アイデンティティとも言える傘は、ひとまずは折りたたみ傘を常備することで折り合いをつけたらしい。
ところでなんで眼帯なのか、というと。
「テレビで見たアレをやってみたかったから!」らしい。キラキラとした瞳をしていたから、きっと嬉しくて楽しくて堪らないのだろうけれど。
俺からしたら平衡感覚が狂いそうな気がするけど……まあもともと目が一つだから変わらないのかもな、と一人勝手に納得をして終わった。
中二病感が強すぎていじめられたりしていないか、なんて思ってもみたけど、どうやら学校には普通に馴染んでいるらしく、犬っぽくて可愛い、と評判らしい。
「ま、楽しそうなら何より」
「何がでやんす?」
「ん、こっちの話。それより何かあったのか?」
「??」
「あっ! って言ってたから。ついさっき」
「あ!! そうでやんす!
「こっち?」
ぐいぐい、と一つ目が教室後方の出入り口からベランダへと引っ張り出す。
「何でベランダ?」
「あそこ、あそこ見てくださいっす」
「あそこ? あそこって、駐輪場の後ろじゃん。何かあんの?」
「違いますよ、もうちょっと左でやんす! ほら、あそこ」
あっち、と一つ目の指差す方向を見やれば、随分と珍しい組み合わせの二人が、人の気配の無いところに立っている。
「めっずらし」
けれど。
「何か……」
風と月。
なぜだか、あの二人を見て、そんな言葉が思い浮かぶ。
桂岐が月、というのは分かる気はするけど、何で鎌井に、風?
「っていうか……何で俺、懐かしいって思ったんだ……?」
二人が並んで立つ姿に、懐かしい、今すぐに駆け寄りたい。
そんな気持ちが浮かんで。
「っ?!」
「坊っちゃん?!」
バッ、と逃げるようにして彼らから視線を外した。
たぶん、これは俺の気持ちじゃない。
これはきっと。
「
「誰だっ?!」
懐かしい、甘い、甘い香りと、遠いどこかの聞き覚えのある声が、登校しはじめた生徒たちの中に、消えた。
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