第16話 視えるソレは同じもの
「坊っちゃん」
「あ」
パシッ、という音とともに、聞こえた声に、意識が急浮上する。
「
「え、
誰か、というか白澤がいる、と認識した瞬間に、白澤が名前を呼びながら勢いのままに抱きついてきて、思わず変な声が出る。
「何、どうしたの」
何この状況、と抱きつく白澤の背を、
けれど、その表情は、アノ人の声が聞こえる前の痛みを堪えるような表情とは違ってどこか吹っ切れたようにも見える。
「鵺」
「なんでしょう」
彼の名前を呼び、じい、と顔を見つめる。
「やっぱり、鵺の目、綺麗だね」
今は、まだ聞けなくても。
いつか聞ける気がしている。
だからそれだけを言った俺に、鵺は困ったような表情を浮かべたあと、俺の手を少し強めに握りながら静かに笑う。
「それにしても……白澤? 白澤ってば」
「ううううぅ……」
さっきから唸り声しか聞こえてこない白澤の背をポンポンと叩く
あまりにも離してくれない白澤に俺は困りきっていて、鵺に助けを求める。
けれど、鵺はというと。
「坊っちゃんが一言、白澤ウザいって言えば飛ぶように離れますよ、多分」
俺の耳元でそんなことを言ってニコリと笑う。
「思ってもないこと言えるわけないだろ」
「おや、そうなんですか? 私はだいぶウザいと思いますけど」
「……鵺、煩いですよ」
「話きいてるんじゃん」
「聞いてません!」
俺に抱きついたまま、鵺の言葉に不機嫌に返事をした白澤に思わず苦笑いを浮かべながら声をかければ、白澤の腕は緩むどころか、緩む気配すら見当たらなくなる。
どうしようか。
気の済むまで、なんて言ったらいつまでかかるは分からないこの時間に、途方に暮れ始めたものの。
「やっぱりウザいですね」
そう言った鵺の声の直後、ベリッ、という効果音が似合いそうな勢いで、鵺が白澤を引き剥がした。
そのあと、まぁ、そこから二人はいつもの軽い言い争いが発生をしたものの、盛大に響いた俺のお腹の音で、言い争いは中止。
白澤はお昼ごはんの準備に向かい、俺は鵺ととも自室へと向かった。
「坊っちゃん? これ、作ったこと、無かったんでしたっけ?」
「………嫌味か?」
「おや、よく分かりましたね」
いくつかの紙束とハサミを取り出し、いわゆる人型を作り出す。
その人型に、手で印を組み簡単な呪をかけ、歩かせてみる、ということだったのだが。
「悪くて無反応。ちょっと良くて立ち上がる。一番良くても一歩、二歩しか歩かない……何でだ……」
じいちゃんの式神はもっと気軽に動いているのに。
へにゃりと床に倒れ込んだ式神ならぬ人型に自分で切った紙を、自身の目の前に持ってきてぷらぷらと揺らしても、やっぱりただの人の形に切った紙にしか見えない。
書庫から持ってきた本から解決方法を探ろう、とページを捲り始めた時、ついさっき部屋を出ていった
「それ、じいちゃんのじゃん」
「ええ。これは十二代目のものですね」
床に座る俺の前で、じいちゃんの人型式神が、ひょこひょこと歩き続ける。
「ところで坊っちゃん」
「何?」
「坊っちゃんは、コレ、何で十二代目のって分かったんです?」
「何でって、だってそれ、どこからどう見てもじいちゃんのじゃん」
「じゃあコレは?」
そう言って、ぴら、と床に倒れ込んでいる俺の作った人型を一枚持ち上げ、鵺は問いかける。
「俺の」
「そうですね。坊っちゃんのです」
「……うん?」
「では、こちらは?」
「……それは……父さんの?」
「正解です。では、こちらは? なぜ、十三代目のものと分かったのです?」
鵺の問いかけに首を傾げつつ答えれば、「もっと、じっくり、しっかり見てみてください」と鵺は言う。
「じっくりって……」
「何で違うと分かるのか、それをみてください」
「何でって……何を見ろと……」
「見るんじゃなくて視るんですよ」
みる、って見るほうじゃなくて、視るのほうか。いや、それにしてもなんで?
そう聞き直そうとした俺に、鵺はもう何も答えません、と言わんばかりににっこりと良い笑顔だけを浮かべて口を閉じる。
「何か差がある……のか?」
じいちゃんのと、父さんのと、俺の。
何で違う。そんなの動いているか動いていないかという決定的な差がもうすでにあるじゃないか。そう言いたくなるけれど、きっと鵺の言っていることはそれじゃない。
何が違う。
ジッ、と三つの人型を見やる。
「物事を見極める時は、まず呼吸を整えてくださいね」
ふいに白澤の言葉が頭の中をよぎり、深い呼吸へと切り替える。
目を閉じて吸い込んだ空気を、指先まで送りこむような、そんな感覚。
幼い頃から教え込まれたその方法で、深く深く呼吸をする。
ふと。
何回か深呼吸を繰り返していくうちに、目は閉じたままのはずなのに、何かがあるのが視えた。
「なんだ、今の」
思わず目を開けて、もう一度、と静かに息を吸い込む。
流れ星みたいな……光?
……いや、違うな。
これは。
「線、みたいだな」
じいちゃんの人型式神の手足と、本体の中心あたりに、暗闇でペンライトを振り回して残る残像みたいな線が視える。
人型の手足に巻き付いた光の線と、本体の中心にある光の線は繋がって、それはまた何処かへと長く長く伸びている。
線が伸びている方角の先には、じいちゃんの自室方面があり、俺は小さく「すげぇ」と驚きの声を溢す。
「線っていうか、これじゃ糸みたいだな。コレ、こうやって動いてんのかぁ」
操り人形のような感じなのか。
うごうごと動くじいちゃんの式神の片手に指先をあわせれば、ペチッ、と俺の指先に式神の紙の手があたる。
「……ハイタッチされた」
そんな式神の様子に、ぽかん、と口を開けて驚いていた俺に、少し遅れて鵺がクツクツと控えめな笑い声を零す。
「まさかとは思っていましたが、そのまさかですか。まったく
そう言いながらも、とても嬉しそうに鵺が笑う。
いつもなら、何か楽しそうだなぁと思うだけだろうけれど。
何故だが、今は、そんな何でもない普段のことが、胸の奥をしめつけた。
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