第13話 保護者たちの悩み

真備まきびがこの世に生を受けた時はなぁ、星が、本当に騒がしくてな」

「……星が」

「ああ。なにか不吉なことでも起こるのでは、とそれはそれは警戒をしていたのだが」

「現役バリバリだった貴方と、私、それに一応、白澤はくたくも居るんです。不吉なことの一つや二つ、どうにでもできるでしょうに」

「ちょっとぬえ、一応ってなんです、一応って」

「だって白澤、戦闘苦手じゃないですか」

「わたしだって一通りは戦えます!」


 私の言った言葉に、白澤が不機嫌そうな表情で言い募る。

 その様子にハイハイと適当な言葉を返していれば、私たちをみた十二代目は、小さく息を吐いたあと、呆気にとられかけている桂岐かつらぎに「すまんな」と小さく謝った。


「それで、どうだったんだ」

「恐れていたような不吉なことは起きなんだ。ただな、それでも早いうちに気がついたことがあった」

「……賀茂かもの力の強さか」

「そう。真備の父親は、本当に驚くほどに力がなくてな。その反動なのか、真備はとても強い力を持って産まれた。だがな……」


 そう言ったまま、静かに眠る坊っちゃんへと視線をなげた十二代目の言葉が止まる。


「当然、命は狙われるだろうな」


 辛そうな表情を浮かべていた十二代目の言葉の続きを、桂岐が静かに呟く。

 その言葉に、十二代目と自分の湯呑に茶を注ぎながら、口を開く。


「ま、坊っちゃんの力は、我々、妖かしからしてみれば甘美な麻薬なような、とても強力なドーピング薬のようなものですからね。そりゃあ、弱小妖怪たちからしてみれば喉から手がでるほど欲しいものでしょう。ま、弱いやつは触れた時点でアウトなんですけどね」

「……アウト?」


 ずず、とお茶を飲み、自身に問いかけてきた桂岐の言葉に、「アウトですよ」ともう一度同じことを呟き、また湯呑へと口をつける。

 わけが分からない、という表情の桂岐に、ため息の一つでもついてから、追加説明をしようかどうしようか、とほんの少し考えた隙間に、白澤が大きなため息をついて口を開く。


「鵺は言葉が足らなすぎるんですよ。全く。いいですか、桂岐。強すぎる力は、弱きものを一瞬で消滅させることもあるということです」

「消滅」

「貴方ほどに力をつけていれば、そんなことを気にする意味すら分からないでしょうが。例えば、貴方がいま暮らしている生活範囲内にいる名のない弱きモノたちがいるでしょう?」

「……多分」

「そう言ったモノたちが、力を求めて真備様に触れた時点で完全に消滅します。彼らより少し力のあるモノたちでも、同じ。真備様の血の一滴でも安易に触れればやはり結果は同じ」

「……なるほど。ではあのモノたちはどうなる」


 そう言って、ちらりと桂岐が外を見やる。

 桂岐の言う「あのモノ」たちとは、この敷地内にいる小さきモノたちのことだろう。


「ああ、あの小さなコたちですか。あのコたちはわたしの眷属けんぞくです」

「……なるほど」


 静かに頷いた桂岐を見て、白澤が再度、口を開く。


「真備様の力は、年を重ねるごとに強くなってきています。いまは十二代目と我々が封印の術を施していますが、そろそろ限界を迎えるでしょう。力の制御のため、真備様にはきちんと呪術の勉強をなさるよう、日々お伝えはしているのですが、真備様もなかなかに頑固で……」

「坊っちゃんが頑固なんじゃなくて、白澤が口うるさすぎるんですよ」

「またそういうことを言って! それなら貴方からもちゃんと言ってくださいよ!」

「私だって言ってますよ、一応」

「一応って!」


 目尻をつりあげながら言う白澤に、空になった湯呑に茶を注ぐ。

 ぎゃんぎゃんと煩い白澤の言葉に、そちら側の耳を抑えながら「はいはい」と面倒くさそうな表情を浮かべ答える。

 そんな私たちのやり取りに、桂岐は呆れたような表情を浮かべ、十二代目は「すまんな」とまた彼に小さく謝った。


「まあ、そんな感じでな。さて、どこまで話したか」

「とりあえず賀茂の力が強いということはよく分かったし、オレ自身も理解はしている」

「そうか」

「だが」

「うむ」

「それでも納得がいかない。なぜ、アイツが、賀茂の中にいる」

「それは……」


 ギッ、と金色に光る瞳を十二代目に向けた桂岐の言葉に、十二代目が困惑した表情を浮かべる。


「それが分かっていれば我々だって困っていないんですよ、桂岐かつらぎ綾人あやひと

「お前」

「ぶっちゃけ、貴方だって今はそこはどうでもいいんでしょう? 今、貴方が一番気にしていることは坊っちゃんが貴方のことをオオカ」


 ガシャンッ、と湯呑が落ちる音が室内に響く。


「何するんです?」

「それ以上言うなら、お前の首ごともぎ取ってやる」

「貴方ごときが私に勝てるとでも?」


 爪先を長く伸ばし、金色の瞳を光らせた桂岐の口元から八重歯が見え隠れする。


「というか、湯呑、なんで切っちゃうんです? そこそこ気に入っていたのに、これ」

「ふんっ」


 桂岐の爪によって真っ二つに切られた湯呑の上部を持ちながら言った私に、桂岐は苛ついた表情を浮かべ、部屋の扉へと歩いていく。


「帰るんですか?」

「アイツがいる理由が分からないのならココに用はない」

「そうですか」


 あーあ、と呟きながら床に転がった湯呑を拾い上げた私を一瞥することもなく、扉を開けた桂岐に、「桂岐くん」と十二代目が柔らかな声で、彼の名前を呼ぶ。


「また、遊びにおいで」

「……」


 そう声をかけた十二代目の言葉に、一瞬、足を止めた桂岐は、十二代目に答えることなく、そのまま外へと歩いていく。


「まったく、あの短気はいつまで経っても直っていないんですねぇ」

「……ぬえが悪いだけだと思いますけどね」


 その様子を見ながら、そう呟いた私に、白澤はくたくは妙に呆れた表情を浮かべながら、そう答えた。



 それから数時間後、晩ごはんの時間の少し前、やっと目を覚ました坊っちゃんに、白澤からの説教が待っていたことは、言うまでもない。


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