俺がいる!

 アパートに帰ると俺がいた。我が物顔で部屋のど真ん中に鎮座し、ビールを飲みツマミを食らっていた。


「おかえり。どうした、豆が鳩鉄砲喰らったような顔して」


「どういう状況だよ!鳩が豆鉄砲だろ!」


 お前はなんだと問うと、そいつは柿の種をボリボリ食べながら答える。


「俺は、お前の悪い部分を全部削ぎ落とした存在だ。要はお前の上位互換だな」


「さらっと傷付くこと言ったなお前。すごい邪魔だから消えてくれ」


「お前にとって俺はまさに目の下のほくろだろうな」


「上だしたんこぶだしギャグセンスは下位互換じゃねーか」


「そんなわけだから明日から俺が大学行ってやるよ。お前は馬鹿なりにゲームでもしてろ」


 躊躇わず俺は俺をぶん殴っていた。意外にすっきりして最高の気分だ。


「どの辺りが上位互換なのか言ってみろ」


「ブスのスッピンて知ってるか?」


「月とすっぽんと言いたいのか?」


「悪いところを全部削ぎ落としたからな、俺は悪いところのない最高の人類なんだ」


「もう大体この話のオチが分かったよ」


 悪いところをなくしたらどうなるか。良いところだけになるかと言えば当然、そんな訳はない。


「だが少なくとも学力もスポーツも性格も、お前より上だ。誰が見ても完璧な男、まさに全方向奇人というやつだ」


「ただのキチガイじゃねーか。しかも八方美人の人のことを言ってるなら使い方間違ってるし」


「まあつまり何が言いたいのかと言うと、お前はいらないということだ」


「・・・聞いておきたいんだが、悪い部分を全部削ぎ落としたら、俺はどんな人間なんだ?」


「明るく元気で行動力に溢れ、誰とでもコミュニケーションのとれる話し上手で、人の為に生きて節約家で、勤勉で真面目で努力家で、笑顔を絶やさずに人生を全うする人間さ」


「無駄に体力を使う上に落ち着きがなく、話すばかりで聞き手に回ると相手を不快にさせ、自分を蔑ろにするわ守銭奴だわ、融通の利かない頑固者だわで、感情の表現に乏しい何の為に生きているのかさっぱり分からない人間か」


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 長所は短所。ものは言い様喩え様。万人が納得する事柄など、この世に存在しない。不満を露わにする人がいるから、共感してくれる人がいる。この世は常に二元論。悪いと思う人がいないのならそれは、良いと思う人もいないということだ。


「よく自分の分身が現れて入れ替わる話とかあるけど、俺はお前なんていらねーよ。たとえ、本当に上位互換だったとしてもな」


「ふん、どうやらお前はとんでもない馬鹿のようだな」


「自覚してるよ。でも、そんな馬鹿な俺を好きだと言ってくれるヤツがいるのも事実だ」


 完璧超人の友人なんて。


 俺なら、ほしくない。


「どうやら、俺の話はお前には猫に小判のようだったな」


「両方間違って奇跡的に別のことわざになったな」


 そいつは立ち上がって、玄関の方へと歩いて行く。その背中に俺は声をかけた。


「お前はこれからどうするつもりなんだ?」


「決まってるだろ、そんなこと」


 そいつは振り返ってこう言った。


「諺の勉強してくる」


 ・・・・・・・・・・・・・。


 なんだ。


 あるじゃん、欠点。

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一枚小説 青葉 千歳 @kiryu0013

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