春と顔が青くなる
くだらない子供だましを楽しめなくなったのは、いつからだったろう。あの頃あんなに真剣にやっては、友達に自慢していたはずなのに。今では自慢する程の腕も、気概も、そして友達もいなかった。
「相変わらず、つまらなそうな顔してるね」
声をかけられた。顔を見ても誰か分からなかったが、向こうは俺のことを知っているようだった。
「・・・そうかな」
「誰?」と聞くこともできず、取り敢えず俺は会話を続けた。
「そうだよ。小学生の頃も同じような顔してたよ。昔から変わらないね」
そうだろうか?流石に小学生くらいの頃なら普通に楽しんでいたと思うのだが・・・どうやら客観的評価だと違うらしい。俺は子供の時から子供だましを楽しんでなどいなかったようだ。
「そして冷めた顔してる割には、誰よりも上手」
俺の手元をのぞき込む彼女は、不思議なほど距離が近い。まるで幼なじみのように。俺は彼女の声を聞きながら記憶を遡るが、誰一人として彼女の存在に一致しない。女は変わると言うが、これほどまでに変わるものなのだろうか?
しかし小学生の俺を知っているともなれば、おのずと人数は絞られる。オマケにここまで心の距離が近いとなると、数える程しかいない・・・と言いたいところだが、そもそもそんな旧友など存在しないので、結局彼女の存在は謎のままだった。
「今何してるの?」
俺の隣で100円を払いながら、彼女は言った。色んな意味に捉えられる問いだが、まさか「スマートボールしてる」なんて回答が聞きたい訳ではないだろう。
「IT企業に勤めてるよ」
「普通のサラリーマンになっちゃったんだ」
「何か悪い?」
「いや、別に」
普通の社会人やるのも大変なんだぜ?
「あーあ、全然駄目だ。もう終わっちゃった」
盤面をほとんど埋められないまま、彼女は手持ちの玉を失っていた。すぐに札を渡して2回目を始めるが、1回目の軌道をなぞるように、玉は底へと流れていく。俺が1回を終えるよりも早く彼女は2ゲームを終えた。彼女はチラリと俺の方を見やる。俺の台の上には札が4枚あった。
「一枚ちょうだい?」
首を傾げながら可愛らしくおねだりをする。拒否する理由も勇気もなかったので、素直に俺は1枚の札を彼女に渡した。多分それが、無意味に消費されるだけだど分かっていながら。
俺が1ゲームを終えたタイミングで、彼女も貰った分の時間を堪能し終えた。俺は札を2枚増やし、彼女は何も得なかった。
「全然揃わないし、やめようか」
揃わないのは腕のせいだと言おうと思ったが、俺も飽きてきたので残った札を隣の子供に全部あげて店を出た。
そのやりとりをしている僅かな間に、彼女はクレープを買っていた。いい具合に浴衣にマッチしたその姿はまさしく夏そのもので、置いてきた青春が今になって俺の背中を押した気がした。
「さっきの札のお礼として一口あげてもいいよ?」
食べかけのクレープを差し出し、彼女は言う。未だに誰かを思い出せない後ろめたさから、俺はかなり控えめにクレープを囓った。
「そんなんでいいの?」と問う彼女を横目に、俺は明かりと人混みの間を歩く。その後ろを辿々しい足取りでついてくる彼女は、どうにも可愛い。何故ここまできても俺は彼女の名前のひとつも思い出すことができないのだろうか。
「ねぇねぇ、あっち行こうよ」
彼女が指差したのは山の上、人の寄りつかない神社だった。俺らは明かりから逃げるように崩れそうな階段を昇った。
なんとなく告白されるんじゃないかという期待を胸に、俺は社の前に立つ。その後ろに彼女は立った。振り返ると彼女の後ろに祭りの影が見える。その影を淡く眺めていると、意を決したように彼女が言った。
「学生の時から、ずっと言えなかったことがあるの。今日久しぶりに会って、こんなことを言うのもおかしな話かもしれないけど・・・」
まさか、と思った。何故今になってこんな青春が訪れるのか。まずい、これは完全に告白される流れだ。流石に告白されてから「お前誰だっけ?」と聞くわけにはいかない。これは非常にまずい。
思い出せ、思い出すんだ。彼女に告白され、答えを聞かれる前に思い出すんだ。でないと折角訪れた青春が水の泡だ。泡沫の夢だ。俺に好意を寄せるような女性なんだ。選択肢なんてないようなものだろ。
「私、ね。実は・・・・・」
もう時間がない!誰だ、誰なんだ。仕事でも使ったことのない部分の頭をフル回転させても、答えが出てこない。思い出せ、思い出せ、思い出せ!今が人生の分岐点だ。向こう十年無能でいいから、今この時だけ俺を天才にしてくれ。どんな問いにも答えられる、天才に。頼む・・・頼む!頼むから俺に、この俺に、このミズキに、全てを思い出す力を・・・・・!
「ユウタのことが、好きなの・・・・・!」
頼む頼むたの、
・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・。
む?
「だからお願いユウタ、私と、付き合っ・・・・・・」
「あれ?キサラギ?こんなとこで何やってんの?」
と、その時。
彼女の後ろに。
俺そっくりな男がいた。
「その人誰?」
彼女がゆっくりと、振り返る。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
5秒して、再び俺の方を向く。
告白と言えば、赤面した女の子が魅力的だ。
果たして彼女の顔は、どうだろう。
「すみません・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・人違い、でした・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
ああ。
俺も、非常に残念だよ。
真っ青になった彼女の顔を見て、俺は天を仰いだ。
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