異世界世界

 色褪せた白いレンガが、歴史を物語る。一際背の高いその建物は西洋を象徴する様相をしていた。賑わいを見せる市には様々な人がいる、と。そう表現することは、ここでは酷く間違いだった。いるのは人と獣人と、エルフと妖精と。魔物と精霊と、その他多くの種族だった。それを様々な人と表現するのは、あまりにセンスがない。きっとその中には戦士や魔法使いがいて、きっと勇者がいるだろう。


 右手には大きな湖が広がっていて、その向こうに高い山が見える。その湖に突き出すように造られた建造物は、景観を損なうどころか、より神秘さを増した。狂気にも似た透明感は底まで見渡せるようで、すくい取った手に馴染まない。その水で躰を清めたなら、卑しい心根さえ、洗い流されてしまうようだった。


 太陽を覆うのは雲だけではなかった。大きな翼を持った生き物が、狭い空を潜り抜けるように舞う。そんな生き物を従えるのは年端もいかない少女で。窮屈な世界を彩るように、髪を靡かせた。華奢な体の全てを信頼するその背中に預ける様は、言葉などでは語れない信頼があった。口約束でさえ破られやしないその絆の前には、不和を煽る悪党の出番など、あるはずもなかった。今日もまた当たり前の様に、人の領域を超えた巨躯が空を埋め尽くす。大騒ぎしてもおかしくないその姿はきっと、この世界では何もおかしくない。驚く者の一人もいないこの街はどこまでも普遍的で。空を飛んでいたのが鉄の塊だったなら或いは、空を見上げる者もいたのだろうか。


 不揃いな地形は、街並みを傾けた。坂道の多いこの街に、器用に建物が建ち並ぶ。種族の違う者同士の挨拶はどこか心が安らぐようで、争いのにおいすら感じられない。自分たちとの違いをまるで問題にしていない懐の広さは、その懐を銃で埋め尽くす私たちとの違いを思い知らされる。笑顔の連なる道の先に、なんとなく、理想の世界を見たような気がした。


 不便はとうに、趣へと変わった。文化という括りでは覆えないほどの違いは、たまに頭を混乱させる。その戸惑いこそが何よりの楽しみで、何よりの真実だった。未知を取り巻く生の根幹に、それが生きる意味だと思い知らされる。再び外を見れば、まるで馴染まない風景に心を奪われるばかりだ。


 日暮れと共に、また街の色が変わる。無駄な明かりのない道の先に、美しい女性が立っていた。星空を見上げ息をする姿は、現実のものとは思えない。やがて彼女の見つめる空の先から、何かが落ちてきた。それは遠く遠くの地平線の先へ光を伸ばしていき、やがて世界の彼方へ潰えた。彼女は振り返り、こちらを見つめた。


「私と一緒に、来てくれる?」


 多分その答えが、物語の始まりだ。僕は迷うことなく、当たり前の様な言葉を紡いだ。僕のいたはずの世界にはない物語が、始まろうとしていた。


 ここは、異世界だった。

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