蕩揺劣等

「それじゃ、またいつか」


 それだけを残して、彼はバスを降りた。残された僕らはただ、その背中を見送った。


「しかし光弘みつひろのやつ引っ越しちまうとはな。どこだっけ、フランス?」


「そう言ってたよ、もう会えなくなるかもしれないな」


「海外ともなればね。寂しくなるなぁ」


「仕方ないじゃない、両親の都合みたいだし。本人も向こうで夢を叶えたいって言ってたし。きっとまたいつか会えるよ」


「そうだね」と笑いながら、僕ら四人は口を揃えて光弘との別れを惜しんだ。昔からずっと一緒だった僕らは離れ離れになることなど、まるで考えていなかった。


「それじゃ、私ここで降りるから」


「まじか。それじゃまたな」


「体、大事にしてね」


「言われなくても分かってるって。みんなも元気でね」


 そう言って彼女は、バスを降りる。一人降りただけで、バスの中が酷く広くなった。その広さが、僕らの寂しさに拍車をかける。


「すげーよな比奈子ひなこのやつ。オックスフォード大学に受かったんだろ?」


「すごく頑張っていたからね。親友として鼻が高いよ」


「比奈子もアメリカかぁ・・・いつか会えるといいけど」


 とても遠くへ行ったしまったと。そう感じた。それは単に距離の話ではなく、繋がりが薄れていくような。そんな心の距離を、感じずにはいられなかった。


「さて、と。悪いけど今度は俺の番みたいだわ。二人とも元気でな」


「ばいばい、無理しすぎないでよ」


「頑張ってな。折角夢を叶えたんだから、楽しんでこいよ」


「もちろんだ。またいつか会おうぜ」


 僕の親友がまた一人、バスを降りた。外は真っ暗になりながらも、バスは走り続けている。


航稀こうきったら、本当に夢を叶えて冒険家になっちゃうとはね。驚いたよ」


「ホントにな。全く、どいつもこいつも勝手に大人になりやがって」


「・・・寂しいの?」と聞く彼女に、僕は「・・・・・・・ああ」と。それだけを口にした。


 二人だけになったバスの中で、沈黙だけが鳴り響いた。彼女に伝えたい言葉があったけれど、臆病な僕は何も言えなかった。気が付いたらバスは止まっていた。


「ごめんね。私、ここで降りるよ。お嫁にいくことになったから」


「・・・・・そっか。どうか、幸せに」


「ばいばい、悠人ゆうと


「バイバイ、遙香はるか


 気が付けば、一人だった。僕だけが、いつまで経ってもバスから降りられないまま、月日が流れていった。


 バスは今もなお、止まる気配はない。


 バスは、僕は。


 一体、何処まで往くのだろう。

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