一番悪いのは誰だ

 明日も続くと思っていた平和が終わりを迎えた時、人々はただ祈るしかなかった。最も、その平和を壊したのが今まで散々祈りを捧げてきた相手であることを顧みれば、その祈りはあまりに筋違いだろう。まるで意味がない。それを裏切られたと思うなら、人はよっぽど自分勝手だろうか。


 ありふれた平和を壊したのは、神様だった。ある日名も知らぬ神様は私たちの世界に使いを送った。その使いはただ「神の命を受けてきた」と。それだけを言って殺戮を行った。国も人種も関係なく、ある意味平等に。次から次へと人を殺していった。武器も軍隊も、彼女の前では何の意味も成さなかった。見た目は普通の少女と何ら変わらない、そんな人の姿をした何かに。人類は為す術もなくただ、殺されないことを祈るばかりだった。神の命と言う以上、ただの暇つぶしというわけではないだろう。人類の抹殺か、或いは他の何かか。いずれにせよ、私たちは何か間違いを犯してしまったようだった。まるで私たちの忘れた罪を思い出させるかのように、彼女は今日も殺戮を行った。


 地球上の私たちが半分ほど殺された頃、ようやく彼女は私たちと言葉を交わすことを許した。


「貴様達は死にたくないか?」


 その問いにNOと答える者はいなかった。私たちは縋り付くような目で彼女を見つめる。


「『最も悪い人間を殺せ』というのが神の命だ。それが誰か分からないから全員殺せばいいと思った。だがもう面倒だ。貴様達が連れてこい」


 彼女は私たちを見下す。


「この地球上で最も悪い人間を連れてこい。そうそれば私は帰る」


 その一言で、世界は崩壊した。全世界の人間が、全ての責任を他人に擦り付けた。「あいつは私よりも悪い」「私よりやつの方が悪い」「私はいい人間だ」「少なくとも私は、一番悪い人間ではない」そんな言葉で、世界が埋め尽くされた。


 やがて魔女裁判のように、最も悪い人間が誰かが決められていった。一度でも犯罪を犯した者、その中でも殺人を犯した者。一人よりも二人、二人よりも三人、そして沢山殺した者。他人よりも親を殺したやつの方が悪い?いや、誰を殺したかよりも、どれだけ殺したかだ。なら軍人が悪い?そうだ、軍人が一番悪いんだ!


 そしてついに一人を除いた全人類の合意のもと、この世界で最も悪い人間が決められた。その人を、彼女に差し出す。


「こいつが最も悪い人間か?」その問いに私たちは皆、頷いた。


 彼女はそんな私たちに、ひとつ質問をした。


「貴様は最も悪い人間か?」


 そう問われた人は首を横に振った。「何故そう思う?」との問いに、彼は答える。


「私よりも悪い人はきっといます」


 彼女は別の者に同じ質問をした。するとやはりその人も首を横に振った。


「何故そう思う?」


「私がこの世で最も悪い人間のわけがありません」


 そして今度は、私たちが差し出した『最も悪い人間』に同じ質問をした。


「貴様は最も悪い人間か?」


「いいえ」


「何故そう思う?」


「私よりも悪い人間は、必ずいます」


 その答えに彼女は、満足そうに頷いた。


「そうだ」


 彼女は見下す。私たちを。


「それが、貴様らの罪だ」


 そう言って彼女は、私たち全員を殺した。

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