4人の18

 いつもの手の温もりではなかった。酷く冷たい。手を握ってくれてはいるが、まるで道具を扱うかのように彼は私の手を取った。私はただその手につられ、従うしかなかった。


「ホント、便利なやつだ」


 彼が人目を憚ることも、私を気にすることもせず、そう言った。その言葉に何も言い返せないことが、ただただ悔しかった。


 あの人なら。


 あの人なら、こんなことは言わなかった。もっと私を大切にしてくれた。じゃあどうして私は今、こんな男に連れられているのか。


 ・・・・・分からない。


 と、思いたいのは、私の我が儘。認めたくないだけ。あの人に、捨てられたことを。でもだからって、別の男にいいように使われているのは、私のせい。あの人が、悪い訳じゃない。誰でもいいから、求めてほしかった。私を見てほしかった。たとえ、いいように使われても。彼が私を選んだんじゃない。私が彼を選んだんだ。だから、文句も後悔も、私が言う権利なんて、ない。


 街行く人は誰も、私のことなんて気にしていない。当然だ。端から見れば私も彼も、おかしなところなんてない。笑えるくらい何もない。無色透明な私を気にかける人なんて、いるわけもない。


「お、何だよお前、そんないいヤツ何処で手に入れたんだ?」


 彼の友人らしき人が、声をかけてきた。その友人は羨ましそうに、私を見つめた。その言い回しから彼もまた、私を道具か何かとしか思っていないことを悟った。


「へっへ、いいだろ。わりぃがお前には使わせてやらねぇぞ」


「ちっ、相変わらずだなお前。これからホテルか?」


「当たりめぇだろ。じゃ、またな」


 僅かな会話を交わして、二人はすれ違った。私は、何処に連れて行かれるのだろう。まるで先の見えない未来に、ついに私は涙を流した。私の心では庇いきれない雫が、一滴、また一滴とこぼれ落ちる。


「あ?なんだよくそ、濡れたじゃねぇか、しっかりしろやボケが」


 彼が私を罵倒する。それが辛くて、悲しくて、ボロボロと涙がこぼれ落ちる。それが彼は気に入られないようで、キッ、と私を睨み付ける。私の心が限界に達したその時、懐かしい声が聞こえた。


「待て!」


 あの人だった。私をちゃんと見てくれた、私をちゃんと愛してくれた。あの人の声だった。その声に私は、余計に涙が止まらなくなる。


「あ、何だお前、俺になんか用か?」


 挑発的に言う彼を、あの人は指差した。いや、正確には指差したのは彼ではない。


 私だった。


 私を指差して、彼は鬼の形相で言い放った。


「それは、俺の傘だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る