70億ルーレット
俺には不思議な力が備わっていた。自分が裕福に、幸せになれる能力だ。同時に、どこかの誰かを苦しめる能力でもあった。70億人の内の、誰かを。
ただ願うだけで俺は、欲しいものを手に入れることができた。物でも、金でも、名誉でも。どんなことでもできる、そんな絶対的な力を、俺は持っていた。
その代償が、『誰か』だった。一つの願いに対し、世界の内の誰か一人が選ばれて、その人間が死ぬほどの苦しみを味わった後に、死ぬ。
この能力を、使わない人間はいるか?同じ能力を持ったなら誰一人として、この能力を使わない人間はいない。何故なら人は、他人がどうなろうと知ったことじゃないからだ。
もし自分がその一人に選ばれるとしても、そんなもの70億分の1だ。そんなクソみたいな確率を恐れて、全てを手に入れる能力を捨てるなど、あまりに馬鹿げている。だから俺は、1回では止められなかった。いや、もとから止めるつもりなどなかった。俺のせいで世界の裏側で幾多の人間が死のうが、知ったことではなかったから。
俺は、願いを叶え続けた。どんな些細なことも、努力が面倒になった俺は、願った。ただそれだけで、全て自分の都合のいいように人生が進んでいく。
これを幸せと呼ばずして、なんと呼ぼうか。
願いが1千万を超えた頃、母が死んだ。かなり運が悪い。700分の1の確率なのに。俺は、母のあまりの運のなさを嘆いた。
1億を超えた頃、世間は騒がしくなった。神の怒りに触れただとか、非常にバカバカしい。確率としてはまだ70分の1なので、俺が選ばれることは、まずないだろう。
10億を超えた辺りで、流石に身の危険を感じた。確率としては7分の1だ。最後まで生き残るとは思うが、何かの間違いで俺が選ばれてもおかしくはない。でも今更、この人生を止められそうにない。今日も俺は、風呂の水アカを落としてほしいと願った。
35億を超えた頃、身内が皆死んだ。まあみんな、運が悪かっただけだろう。
60億を超えても、俺はまだ生きていた。滅亡が目の前に迫ってきて、人々は嘆き悲しみ、本当の意味で自由になった。あちこちで犯罪が頻発し、人が死んだ。それを見て俺が思うことはただひとつ。『叶えられる願いが減るからやめてくれないかなぁ』
70億を超えて、生き残っているのは端数の人間だけになった。あと何人生きているか、検討もつかない。その内の一人が俺であることが、彼らの運のなさを物語っている。
あるとき、手元にティッシュが無かったので寄越せと願った。その瞬間、胸に激痛が走った。朦朧とする意識の中で、ついに俺の番が来たのだと悟った。『この痛みを別の誰かにやってくれ』という願いが通じなかったことを考えると、どうやら俺が最後の人類らしい。薄れゆく意識の中で、俺は思った。
ああ。
いい人生だった。
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