死人に口無し
「明日起きたら、何をしようか」
僕がそう聞いても、きみは何も答えない。死んでいるのだから、当たり前だよね。
別れは突然訪れるとか、後悔先に立たずとか、そんなことはいくらでも分かっているつもりだった。だけどそれはやっぱり、つもりだったみたいだ。
きみが突然死んだことに、僕は戸惑いを隠せない。
きみが死んでしまったことを、未だに疑い続ける。
昔からきみは無口だった。無口で、無感情で、無表情で。僕の話をいつも、つまらなそうに聞いていた。きみと出会って3年が経ったけど、僕はきみの笑顔を、一度だって引き出すことはできなかったね。
きみは僕といて、楽しかったのかな。幸せだったのかな。ずっとそのことを聞きたかったけど、聞くのが怖かった。きみの口から僕を否定する言葉を聞くのが、怖かったから。
それを聞いてしまったら僕は、きみの側を離れないといけないような気がしたから。
きみは僕の前で死人のように眠る。きみの肌は相変わらず冷たかった。だけどそれは、いつもの冷たさじゃない。僕はきみに触れているのに、怖いと思ってしまう。泣きたいほどに悲しいはずなのに、涙が出ないのはなんでだろうね。もしかしたら僕は、心の何処かでほっとしているのかもしれない。これでもう、きみに嫌われることもなくなったから。
結局きみが僕を好きだったのか、嫌いだったのか。それはもう分からないから。もしきみが生きていて、僕のもとから離れていく日があったなら。僕はきみが死んでよかったなんて思ってる。きみが僕以外の誰かのものにならなくて、よかったなんて思ってる。
ごめんね・・・ごめんね。
僕はきみの胸に、そっと花をのせる。きみが唯一好きだと言った、真っ白な花を。
真っ白な、クチナシの花を。
「ごめんね」
と。その時、声が聞こえた気がした。間違うはずもない、きみの声を。
「いつもつまらそうな顔をして、ごめんね。でも本当は、とても楽しかった。私は感情を表現するのが苦手だったから、いつもあなたを不安にさせたね。そんな私を、いつかあなたが嫌いになるんじゃないかって、ずっと怖かった。でも私は恥ずかしくて、あなたに思いを伝えることができなかった。死んでから後悔するなんて、本当に、ごめんね。でも、今更遅いかもしれないけれど、言わせてほしいの」
きみの心の声が、僕の心に届いていた。気付けば僕は、泣いていた。
「あなたに会えて、私はとても幸せです」
きみの胸のクチナシが、僅かに揺れる。
その言葉は確かに、口無しのきみが、口にした言葉だった。
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