人格者の申し分

 そこのあなた、人の傘を盗むのはおやめなさい。


 ビニール傘なら許されると思っていますか。残念ながら壊れた傘でも、それは窃盗です。今すぐにおやめなさい。


 確かに突然の雨に戸惑われていることでしょう。クリーニング代のかかる制服を汚したくないというお気持ちも、もちろん理解できます。ですがだからと言って、人の傘を盗んでいいという理由にはならないのです。罪を犯して許される理由にはならないのです。ですからどうか、私の傘をお返しください。大丈夫です、今返していただければ、私は怒ったりしません。


 そこのあなた、荷物を隣の席に置くのをおやめなさい。


 荷物が多いから許されると思っていますか。残念ながらあなたが一人である以上、二人分の席を所有することは許されないのです。


 確かに荷物の置き場もなく困っておられることでしょう。足下や膝の上に置いて、身動きの取りにくい状況になるのが嫌なのも、もちろん理解できます。ですがだからと言って、隣の席に荷物を置いていいという理由にはならないのです。二人分の席を占領していいという理由にはならないのです。ですからどうか、私を隣に座らせてください。座るところがなくて困っています。大丈夫です、あなたが今席を空けてくださるのなら、私は心からお礼を申し上げましょう。


 そこのあなた、人の優しさにつけ込むのをおやめさない。


 相手がいいと言っているのだから許されると思っていますか。残念ながらその優しさは、その人が心を削ってくれているのです。だからそれを当たり前だと思うのをおやめなさい。


 確かにあなたはそれでいいでしょう。あなたが気を使わなくても周りの人が気を使ってくれる。その居心地の良さは、もちろん理解できます。ですがだからと言って、その優しさに甘えていいということにはならないのです。それを当たり前だと思ってはならないのです。ですからどうか、私の心中をお察しください。大丈夫です、今気付いていただけるのなら、私は人格者を保っていられます。


 そこのあなた、私の傘を盗まないでください。


 それはついさっき、雨が降ることを危惧した私が、買ってきたものです。大切な人に渡すプレゼントが濡れないように、万が一に備えて買ったものです。ですからどうか、私の傘を返してください。


 お願いします、返してください。


 ・・・・・・・・。


 このクズが!!!

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