3018

 不時着したのは、あまりに美しい星だった。


 長い宇宙の旅路の果てに私は、この星に辿り着いた。一体どれだけの時間を、たった一人で過ごしただろう。暗闇を彷徨い続けるだけの気が狂いそうな日々は、この時のためにあったのだと、私は感動に震えた。たとえ宇宙船が直せなかったとしても、この星で天命を全うできるのならそれも悪くないと、そう思えた。


 美しいとは言うが、しかし。それは自然が豊かという意味ではない。むしろ自然はほとんど破壊され、僅かな緑を残すばかりだった。しばらく生きていけるだけの水は存在したが、食料らしい食料は見当たらず、生命体も存在するようには思えなかった。どちらかと言うと「荒廃した星」が正しい表現だろう。


 それでも私がこの星を美しいと表現したのは、この星に残る文明に対してだった。この星にはかつて、何かが生きた形跡があった。いや、生きたなんてものではない。まるで私たちと同じように、生活し、繁栄し、技術を培ってきた形跡があった。それを何と呼ぶべきかは分からないが、少なくとも知性を持ったものたちが、この星の上で歴史を刻んできたことは間違いなかった。たとえその歴史の末路がこの有様だったとしても、私はそれを、美しいと表現するほかない。果たして私たちはこの星のように、望まぬ滅亡を迎えることができるだろうか。


 見たこともない建造物が、所狭しと並べられている。それを眺めながら私は、この星の生活に思いを馳せる。私たちの星とはまるで違う文化を築いてきたこの星では、何が世界を統治していたのか。何が調和を保っていたのか。何が生きる糧として存在していたのか。何がこの世界で、笑顔を生んでいたのか。そんなキリのないことを、私は考え続ける。ただそれだけで、私は孤独感を忘れることができたような気がした。


 この星は私たちの星よりも劣った文明であり、宇宙船は修理できそうになかった。だがそれでいいと私は思えた。もし直せたなら、私は任務を遂行しなくてはならなかったから。


 この星のことを皆に伝えれば、きっと大騒ぎになる。ずっと探し求めていた、自分たち以外の生命体の証拠が、ここにあるのだから。だから私は、そんな任務を遂行せずに済んだことを喜んだ。この星は誰が立ち入ることもなく、このまま消えていくべきなのだ。


 その代わりに私は、この星のことを手記にまとめた。私が死んだ後でこの星に辿り着いたものに、頼みがあったからだ。


 この星を「地球」と名付けてほしい。


 その理由は言わずもがな。


 この星で生きていたものたちが、この星を、そう呼んでいたようだから。


 よろしく頼む。


『とある宇宙人の手記より』

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