四季彩

 春。何よりも最初に思い出すのはあなたのことだった。薄桃色の花はいつも出会いと別れを繰り返し、次の時代を運んでくる。目を瞑ってその光景を思い描くと、不思議なほど時が流れ去っていくのを感じた。春を楽しむ心と、夏を待ち焦がれる心の間に、あなたに会えない悲しみが顔を覗かせる。再び季節が巡ろうとしていることを、私は悟った。


 夏。若者たちの喧噪には、いつもこの季節が横にいた。耐えきれないような熱気に、それでも拍車をかける熱量は、私たちに感動を与えてくれた。夏休みを謳歌する少年も、スポーツの頂点を目指す青年たちも。その景色を眺めているだけで、私は生きたような気がしていた。川の畔に立つ私は、今も向こうの景色を眺める。


 秋。頭を垂れる稲穂が、絵に描いたように美しい。木々は朽ち枯れる前にと、力を振り絞る。私たちはその景色の前に、ただ感嘆を洩らすことしかできない。不揃いのはずの葉の色が、どうしてこんなに胸を熱くさせる。あなたと歩んだ銀杏並木が、瞼の裏で私に答える。それは感動できる心を、私たち人が持っているからだと。


 冬。彩りは何も、色の付いた世界だけではないと、この季節に教えられた。音もなく無色を重ねる結晶は唯一、感動の中に切なさを添えた。あなたを待ち続ける悠久の時を耐えることができるのは、その静寂を覚えているからだろう。ここでは季節さえ曖昧だけれども、またひとつの彩りが世界を染め上げたことを、私は知っている。


 通り過ぎ行く人々は、不思議そうな目をして私を見つめる。どうしてそこまでして、誰かを待っているのだろうと。いつまでも現れない誰かを、待ち惚けの私を。


 私は彼と、ここで会う約束をした。その約束はもう、何十年も昔に交わした思い出のひと欠片だけど、私はいつまでもその約束を抱いて、彼を待ち続ける。たとえ彼がその約束を忘れていたとしても。そんな私を見て、船の船頭が言った。


「お前さん、馬鹿だねぇ。いつ現れるかも分からない男を待つなんて」


「大丈夫です。彼はいつか必ず、やって来ますから」


 そう答えてからもまた、幾年が過ぎ去る。そして、ついにその日が訪れた。川の向こうからやって来る船の上に彼の姿を見つけた。彼が船から降りると、私たちは言葉を交わす。


「待たせてしまって、すまなかった。約束を、覚えていてくれたんだね」


「私こそ、あなたには寂しい思いをさせてしまいました」


「それは、君も同じだろう。ずっと、待っていてくれたんだね」


「ええ、ええ。待っていました。ずっとあなたを、待っていました」


 四季の彩りに心を揺らしながら。


 四季の移ろいに思いを寄せながら。


 あなたが死ぬのを、待っていました。

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