今もなお語られず

「今日は寒いわね。私は平気だけど、あなたは大丈夫?」


 平気と言いながらも、おそらく誰よりも寒々しい格好をした少女が私に尋ねる。私のことを気遣ってくれるこの世で唯一の存在は、果てしないほどに弱々しい。その儚さは、何よりも強いはずの私の心を不安定にさせる。


「寒いなら、ほら。私のマフラー、あげるよ」


 身に付けているものの中で唯一体温を守ってくれているであろうそれを、少女は何の躊躇いもなく私に渡そうとする。私のようなものには、不釣り合いと分かっていながらも。


「今日はね、お願いがあって来たの。これはそのほんの気持ち。・・・って言うのは、自分勝手な都合かな。本当は、もういらなくなるからなの」


 お願い?


「私をね、殺してほしいの」


 その言葉に、私は驚かない。いつか少女からその言葉が発せられることを、私は多分理解していた。だが実際にそれが現実になると、酷く心を締め付けられる。その感情は少女への同情ではなく、少女にそんな言葉を言わせた者たちへの怒りに昇華された。


 私は少女の願いを聞き入れたが、私自身のやり方で、少女を殺すことに決めた。


 私は少女の生まれ育った街を襲い、ありとあらゆるものを焼き尽くした。少女を知る者全てを殺し、少女の思い出となる人を、ものを、歴史を、その全てをこの世から葬り去った。少女の思い出したくないものの全てを、無へと還した。そして私は、再び少女と会う。


「其方を知る者はもういない。其方の願いは叶えられた」


「この世界から、私を、私の存在を、殺したつもりなの?」


 私は黙って答える。少女は今までの慈しむ表情とは一変し、悲しい目で私を見つめる。


「・・・ありがとう。でも、嬉しくないわ。私は、美しいあなたが好きだったわ。私と同じで、どんな迫害を受けても人を傷付けない、優しい心を持つあなたが」


 少女に殺してほしいと言われたとき以上に、私は心を締め付けられる。


「そんなに、私のことが好きだったのね」


 その言葉を最後に、少女は私のもとから消え去った。それからもう二度と、少女の姿を見ることはなかった。


 すまない。それでも私は、君に生きてほしかった。


 叶わないと分かっていながらも、君に寄せてしまった、恋心が故に。


 神話に残る竜はかつて、自身を封印した人類に復讐を果たすため、人々を恐怖に陥れた。


 だがそれが、たった一人の少女を手に入れるためであったと。


 その本当の理由は、永遠に語られない。

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