彼女は誰だ?

 恋人の結衣を殺してしまったとき、私は、彼女のことが好きではなかったのではないかと疑問に思った。殺してしまった罪悪感や彼女を失った悲しみよりも、この関係を清算できた喜びの方が強かったからだ。だから彼女を殺してしまった後、私は取り乱すことなく冷静に隠蔽工作に取り掛かることができた。短い思案の果てに、私は山奥に彼女の身体を埋めることにした。それを実行した後の、その帰り道。車を運転していると彼女との思い出が蘇ってきた。彼女と付き合い始めたのは、向こうの強引な押しに負けてしまったからだった。有り余る元気を振りまく彼女の笑顔はどことなくストレスを感じるもので、我侭な発言は鼓膜が破れそうな雑音だった。顔だけは良かったと、殺してしまったことを少しだけ後悔した。家路に着いた私は、胸に浮かんだ疑問をどうにか解決できないかと悩み続けた。


 後日大学に行くと、彼女が私の腕に抱きついてきた。今までと変わらないその好意は、殺人を犯して戸惑っていた私の心をさらに戸惑わせた。自分の正気を疑った。

「今日大学が終わったら一緒に大通りのお祭りに行こう!」と笑って話す彼女に、私は震える声で「・・・今日は用事がある」と答えた。しかし「えー」と不満を漏らす彼女は私が首を縦に振るまで話を終わらせる気がないようで、諦めて私は「分かった」と適当に答えた。もちろん祭りに行くつもりはなかったが、彼女に捕まえられて結局行く羽目になってしまった。


 祭りの熱にあてられてはしゃぐ彼女はさながら子供のようで、その姿に私は既視感を覚えた。できることならこの場から消え去りたかったが、彼女がそれを許さない。今までとまるで変わらない彼女の我侭は、鼓膜を通り抜けて頭がおかしくなりそうだった。


 一通り楽しんでようやく満足した彼女は、車に乗せるとすぐさま眠ってしまった。私は一刻も早く向かいたい場所があったせいで、彼女を家に送り返すこともせずその場所へと向かった。助手席でスヤスヤと眠る彼女の顔は、可愛かった。


 車を止めると私はすぐさま地面を掘り始めた。前回は数時間かかった作業だったが、慣れと焦りが私の両手を加速させた。そして目的の深さまで掘ると、そこには、何もなかった。


 息を切らしながら車へと戻った私は、彼女を揺さぶって起こす。ここはどこかと問う彼女を無視してその手を引き、先ほど掘った穴の前までやってきた。私はさっきまで使っていたスコップを拾い上げると、そのスコップで彼女の後頭部を思いっきり叩いた。その一撃で彼女は声を漏らす暇もなく、一瞬で絶命した。彼女の身体は狙っていた通り、上手い具合に掘った穴の中に倒れた。前回に比べると運ぶ手間が省けた分、随分楽だった。


「ごめんね、


 彼女の名前を呼ぶ。



 やっぱり同姓の恋愛なんて、いいもんじゃないね。

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