第25話 土器土器!マンモス学園 ~史上最古のラブコメ4~


「なんだ?」


 二人が木造建築物の壁を睨んだ。

 ドドドドド、と火山活動じみた地面の叫びが続いている。

 視線の先、校舎の一角が爆発する。

 強力ななにかで貫かれた。

 当然のことながら、この時代に火薬は発明されておらず、それは巨大な生物による衝突で引き起こされていた。

 

 粉塵が舞っていた。

 煙が晴れる。チェーンソーのような歯が並んでいる。

 ティラノサウルスの顔面が現れたのだった。


GYAAAAOOOOOOOOギャアアアオオオオオオオォ———!!」



 後ろから、引き摺られた生徒たちが縄と共に現れた。

 学校体育に使われる大綱おおづなである。

 現れたというか、振り回されている―――猫じゃらしを振るように、ティラノが引っ張る。

 ブンブンと振られたその中にはひと際の年長者である校長もいた。


「止まれェ―――! お『歩地』ポチ!逃げても何にもならんぞォーーーッ!」


 学名ジェヌス・ティラノサウルス。

 それは主に白亜紀にアメリカ大陸の西部に生息していたとされている。

 日本の福井県でも歯の化石が出土していて、その出自がアジア圏内であるという説もある種である。

 非常有名ポピュラー、恐竜の代名詞。




 そのティラノサウルスは大蛇のように動く。

 地形すら変更させてしまうようなド派手ムーブだ。


「どうしたのォ!ごはんがダメだったの!?」


 校長が情けなさと野太さが入り混じった声で叫ぶ。だが、全てかき消されるほどの竜巻染みた姿勢変更である。



GYAAAAOOOOOOOOギャアアアオオオオオオオォ———!!(いっけなーい!遅刻遅刻ッ)」


 学園の生徒から歩地ポチと名付けられた彼女はその身体能力を持て余していた。

 大木が移動しているかのように、遠慮なく日陰を作り、のしのしとは駆け足で走っていく。

 現在はマンモス学園高等部の、いきもの係が世話をしているが校長がたまに勝手に散歩に連れ出している。

 編んだ縄を首につけて大地を駆けていく。

 ちょっと身体が大きくコミュニケーション能力が今は低いだけの子だ、村一番の医者に見せたのだが、人間で言うと十代なか頃であるらしい―――どうだ、学園の敷地にいて何がいけないのか、共に暮らそう、生きよう―――。


 それが校長の弁だったのだが、無謀極まりないことは全校生徒が感じていた。

 周知の事実、物事には程度も限度もあるのだ。


 その校長は新しもの好きな、好奇心豊かな性質を持ち、旅先で珍しいものを拾っては校長室に飾るなどの日常であった。

 生徒の反応はある。

 憧れの視線を向ける者と、蔑みの表情が浮かぶ者とが混在している。


 最も、冬眠から目覚めたのは古いものであったが。

 歩地ポチと名付けられた彼女は生まれた時代を間違ってもいる―――明確に、日本史を無視している存在だった。


 もともとは白亜紀の地上で暮らしていたティラノサウルス・レックス。

 食物連鎖の頂点に立っていたといわれている。


 青春時代を謳歌した彼女は、元気いっぱい、当時は熱帯だった雨林を駆け巡っていた。

 弱肉強食の世界の中に生きる、一人の、いや一頭の少女であった。

 ある日のこと。

 洞窟で二度寝、三度寝を繰り返しているうちに、地球に降り注いだ隕石によって仲間が絶滅してしまっていた。

 やがて氷に閉じ込められ、奇跡的冬眠の状態に入る。

 こうして人類の時代にタイムスリップしてきた。

 そんなヘビーな過去を持つ少女は、ただ今日も今日とて、機嫌が悪いようだ。



「ちいい!こっちに来たか!」


 登呂は吐き捨てながらも臨戦態勢である。

 ずうん、ずうんと迫る巨大生物だが、一説には骨格的に、速く走れなかったともされている。

 歩行速度に限れば人間と同じ速さとも。


「ちょっと、やる気!? 校長が連れてきたんだから、元々はァ! あのダメな大人にやらせなさいよ!」


「校長はもう駄目だ! この前も病院に運ばれた!歩地ポチの尻尾を直撃モロに喰らって、全治一週間だ!」


「一週間で済ませたの!? ティラノサウルスを!?」


 地響きを校舎側まで揺らし響かせながら、大型獣が前進する。

 縄子と登呂が見えているかどうか、定かでない。


「話はあとにするしかねえ、この戦いが終わったら伝えるぜ」


 地響きが迫る。


「なに、聞こえないんだけど」


「だからァ! アイツを捕まえたら、俺と『GYAAAAOOOOOOOOギャアアアオオオオオオオォ———!!』」


 迫るティラノサウルス。

 一歩一歩、地面を重低音で揺らしつつあったが、木の根っこに足が引っ掛かる。


「ああッ あぶねぇえ―――」


 石板を取り落した縄子。

 登呂は全力疾走して、巨大な脚前に身を投げ出した。



 ―――――――――――――




「なんだこれ……」


 私は苦笑いしながらも読み終わる。


「じーじ!それ」


「ん?」


 幼い声色は、珍しく明るいエネルギーに満ち溢れている。

 新しいマンガを目ざとく見つけた。

 我が家の王子様がいつの間にか私の近くにまで来ていた。

 本屋のプリントがなされているビニール袋が、近くにくしゃりと転がっている。

 それに気づいたか。


「これかい?はは……ちょっと変なお話だけどなぁ、読むかい―――りつきくん?」


「ちょっと変なのって? すごく変な方がいいよ!」


 それが一番面白く、そして夢中になれるのだ―――孫の、まるい瞳は全てを語り掛けてくれる。

 ん……そうか、そうか。


「読み聞かせてあげよっか」


「絵を見るから、じーじの行動には意味がないよ!」


 世の中世知辛いねえ。

 マンガは一人で楽しむもの―――か。

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