第28話 道中 3


 いろんな話をしようとするあまり、好きな教科や成績の話もするようになった。

 これについては教員としての私の義務感や、焦燥によるものでもある。

 彼はコンビニでマンガ談議をするのが好きだ。

 そして、それだけでは終わらせない―――これが私の役割であるようにも思われた。

 学生の本分を忘れさせてはいけない。


 きっと、やればできる子である。実りの多い人生にしてほしいものだ。

 ということで授業はついていけるのか、というような会話もしたのだ。

 実際問題、生徒から見て教師の教え方が適切か、ということは考えなければなるまい。


 だが勉強に関して、彼は深く話さなかった。

 毎日授業を受けています。

 宿題は忘れていません、ほとんど忘れていませんというようなことを言っていた。

 私は音楽を教えているが、彼は美術を選択したということだけを聞いた。

 マンガからのつながりで、そこに違和感はない。

 仮に同じ教室にいたらどうなっただろう―――などと想像もしたが、なぜだろう、中庭で、こうして会うだけということが、これがいいとも感じた。



 いつからか、中庭から離れた図書室で彼を見かけることが増えた。

 並んで話はしなかった。

 受験勉強でもしているのだろう。生徒の傾向としては決して珍しいことではないので気にも留めなかった。

ただ以前、私がとある小説の話を彼にしたことだけは、思い出した。

ほんの一節だけれどね。




 彼とコンビニさんについて―――結局最後まで、目撃したことのない子ではあるが、その子の話を聴き、私も学んだ。

 良い関係だったのだろう。

 是非お目にかかりたかったけどね―――そういう女子生徒だった。

 結局、おそらく我が校の女子生徒であろうということ以外は不明だった。


 まあいい―――教師も、生徒から学ぶ。

 我が校で、とても素敵なことが起こっている。

 良いことと悪いこと、学校の両面を見てこその、公平だ。


 クラスメイトや担任の先生と、マンガの話をするのか?

 という話にもなった。

 これは私が入れた、探りのようなものであったが―――。

 私なりに、彼が教室の、他の生徒たちと親しくできるようにしたい―――、会話の流れを誘導したかったのである。

 

 あの口うるさい先生の影響を受けてしまった、私の気の弱さも遠因だが。

 ……気の弱い人間がいると面倒ごとが増える、そして長引く。

 ま、気が強ければ、それで新たな火種が生まれると思うがね。


 まあ―――あの女教師も、あれはあれで悪人ではないのだよ。生徒のためを思ってやっているんですっ、と拳を握り締める教師は、私の人生で山ほど見てきた。

 いや、どうかな……山ほどでもないか。 

 そういった「あなたのためを思って」が上手くいくかどうか、結局どうなるのか、私自身は疑っている。 

 あれだけ感情むき出しにして、何にもならなかったら流石に可哀想だな蒔田先生。

 

 兎にも角にも。

 なんでもいい、会話のとっかかりが欲しかっただけである。


「マンガの話が盛り上がらないことは多い、いや、こっちが冷める」


 彼は草をむしりつつ、そんなことを言っていた。

 その台詞の細かい意味は、謎もあるが―――ここまでマンガの話を続けられる相手はいなかった、ということらしい。

 教師相手という場合ケースなら、人生で一番だ。

 人生で一番話した。話してしまった―――と、珍しく断言してくれた。

 どうやら彼のお気に入りの内には入れたらしいが、その理由は彼が卒業する時までわからずじまいだった。

 

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