第27話 道中 2
例の口うるさい女先生とは、その後も少し接点があった。
接してしまうのだよ……接点Aがあるのだよ、数学にはね。
いや、別に接したいと願っていたわけじゃあないんだけど、接点があるというのはなんというか……難しいね。
「荒谷先生、いいですか」
「えっ」
教職員の中で、ご意見番的なポジションの
ポジションというか、ジャンルというか。
「いいですか?」
もう一度言ってきた。強めに。
「仮に私が、よくないですと言っても……話を続けようとするんだろうね」
「ええ、もちろん」
ならもういいよ。
言ってくださいな。なんとでも言うがいいさ。
真面目に聞くかどうかは私の勝手になるけれどね。
「彼に関して、苦情があります」
そ、そうか……。
私はそんな話を聴くとは応えていないのだが。
話の背景を整理するに、彼と同じクラスの男子生徒、あとは女子生徒からのお便りらしい。
お便りというのは世代が違うか。
「彼と―――仲良くなりたい」
それが家くんに寄せられる声。
陰口らしい……が。
果てさて、それって、陰口というジャンルにカウントされるのですかな?
それは、ええと陰口といったか?クラスの生徒からの苦情なのかい?
本当に?
「続きがあります……彼と仲良くなりたい。そして、仲良くなる方法がわからない。まったく―――わからない」
「ふうむ……」
私は考え込む。方法がわからない、とな?
そうくるか……。
私は自分の目が見開いてしまうのを感じ、狼狽えたそのまま、中庭を見上げる。
中庭から見える上空だが、校舎に囲まれ、窓のように空がくりぬかれている。
しばし、遠くから聞こえる野球部の音———グラウンドを大人数で駆けている音だけが、場を支配している。
あとは四角い空。草の香り。
苦手な先生との会話に狼狽えた私ではあるが、いささか納得もある。
彼らしい印象———印象の持たれかたである。
クラスの生徒からどう思われるのか、そういったことは考えているのだろうか?
まあ彼が何をしようが私にとってニガテなのは蒔田先生であることには変わりないがね……。
シンプルに怒って嫌味でも言ってくれれば、ハイハイそーですかと聞き流せる気分にもなるのだが。
「あのう―――彼、と―――」
圧の強い先生はそこで、空を見上げた。
私も一緒になって見上げた。
「彼と―――どうしましょう?」
薪田先生は、常に怒っているような性質を本当に失っていた。
ただの困惑に落ち着き、収束している。
彼女は思いのたけを吐きだしてくれた、ならば答えるべきだろうね、私も。
……私にだって、正確にはわからんさ。
「先生に聞きに来たのには理由があります」
家くんと、一番よく話しているのは荒野先生……つまり私である。
情報を明かしてくれ、クラスに馴染めるようにしてくれ、私は生徒のことを考えているんのだから。
……と、いうことだった。
「大袈裟なことを言うねぇ」
随分と持ち上げられているらしい。
私だって、彼のことを心配している―――生徒だからね、当たり前さ、それは大切なことだ。
そして、それだけではいけない―――同じく大切なことがある。
彼を認めることだ。
彼の持っているものを、見る。
彼の笑顔を見る。
我が校の生徒が幸せなんだと、理解することだ。
それを認めないことは盲目だ。
彼は、完ぺきな生徒ではないだろう。
直接言いはしなかったが、言ったら機嫌を損ねるだけだろうが、彼の口の悪さには随分と困らされたものだ。
ただ、コンビニさんに向けるその罵倒だけは、止めることが出来なかった。
止めてはいけないとも感じた。
教師よりも、大人よりも素晴らしいものに出会っている。
素敵なものに出会って、困って、狼狽えてしまうくらいにね。
可愛い男子だよ。
彼はとても素敵なものを見つけて、毎日、対面している。
ならば私たちは、見守ることも役割である。
「どうもしない。さ……前と同じことを言うがね……彼はとても素敵なものを見つけたよ。見つけているよ……!」
私は言い終えて、あの熱量を抑えない女教師と離れた。
あの怒り度高めな先生から毒気を抜いてしまうなんて、本当に特殊だなぁ家くんは。
あれでは家くんも好き好んで話しかけはしないだろう、もったいない。
そうしてから、少しばかり心境変化の私がいた。
心配になってきた……いや、心配をするべき、か?
私は今まで、彼のことを安心して見ていた。
それは違いない———信頼すら、ある。
日常的に顔を合わせていたのだから当たり前かもしれない。
安心というか安定。これが普通だ。
あれより不安定な生徒は、子供は―――たくさんこの学校にいるのだ。
私も教師だからね、生徒を見てきた回数はすさまじく多いのさ。
彼と同じクラスにいるらしい生徒、激しい性質の少年も、案外———そうなのだ。
あの子のことも、表情はしっかり見ておいた。
それで察している。
家くんと言い争いをするために、生まれて来た。
……そんなわけがない。
それだけの人間など、生徒など、いるはずがないのだ。
いるわけもないのだ。
クラスの男子が、家くんと本当はどんな関係になりたいか。
女子だって。彼と―――。
遠巻きに眺めているだけの間柄、他人ではなく……、
本当は、どのような毎日を過ごしたいのか。
どんな思念が沸いたか。
想像はつく。
そして、上手くいかなくて―――まったく思っていたようにはならなくて、予想外で。
苦しんでいる。
「家くんはそれでいいみたいだけれど」
さあて、家くんよ。
この高校を卒業して―――コンビニさんと離れることがあるなら。
別れたら。
それでも君は、今のままの家くんでいられるのかい?
話を伝え聴いただけではあるが、二人の関係は、とても素敵なもの―――だが一蓮托生というにはほど遠い。
心許ないものだろう。
風が通り過ぎて服を叩き、旗のような音が鳴った。
私はふと気づく。
彼は、とても素敵なものを見つけた―――私の本心だった。
我が校で起こっている、素敵なそれを、認めよう蒔田先生。
これを認めずして、どんな教師になるつもりだ?
この仕事をやっていて、ここまで感慨深いことなど、そうそう訪れない。
だから今の今まで、ただ阿呆のように生徒のそれを喜んでいた私がいた。
ただ、彼は。
その素敵なものを―――教室では、見つけることが出来なかったのか。
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