第22話 土器土器!マンモス学園 ~史上最古のラブコメ1~


 砂の入り混じった風が吹きすさび、野を撫でてゆく―――。

 そこには豪奢な完全木造建築が存在します。

 学び舎。

 校舎。

 木の匂いに溢れた三階建ての校舎がありました。


 みんなが学ぶマンモス学園。

 場所は日本のどこか(のちに研究されるが正確な位置について、いくつかの説がある)です。

 この世界に、頭のいい歴史学者はたくさんいます。

 けれど本当に弥生時代を経験、体験したことのある人は一人として存在しません。

 だから、これが真実の可能性もあるのです。

 時は弥生。

 弥生時代。




 ―――――



「おはようプリ~」


 卑弥呼ひみこちゃんが縄子じょうこに微笑んだ。

 彼女はとても愛らしい御姿の同級生である。


「おはよー、卑弥呼ちゃん……今日は委員会はいいの?」


「うん、今日はいつものお仕事はないンセス、先輩たちのことで何かあったみたいでプリ」


 語尾の異常性にさえ目を瞑れば、心優しく親切な女生徒だった。


「うさんくせえ、マジくせえ」


 弟の文太もんたはそっぽを向いて、ぼやく。

 彼にとってお気に召さないようであるが、姉である縄子の機嫌が優先されるのは日々の常。

 それが習慣となっている。

 卑弥呼ちゃんは過去にのっぴきならない事情が色々あり、記憶が欠落している。

 自分のことについて、重要なことを思い出せないらしい。

 家族のことすら知りはしない。

 知っていた時期はあるはずだが、記憶のかなた。

 いや、記憶は流れて行った。

 クラスメイトは、そんな彼女のことを健気けなげに応援するスタンスだった―――。


「姉ちゃん、あの女はないわー。外来語はわからねぇけどアイツ絶対うさんくせえよ」


 なんか隠してる。 

 ボソボソ、じと目を向ける弟。


「なんでそんなこと言うの、あの語尾だって何か意味があるかもしれないし、重大な複線かもしれないでしょォ!」


「いいんだなそれで!? アレを複線とか言っちまっていいんだな姉ちゃん!? マジでこの世のすべてを馬鹿にしてるような気がしてならないんだが!?」


「———よォ、縄子じゃねーか」


 新たな、男子の声がした。

 それも通常の男子生徒ではない。

 特殊、異端、そして頂点でもある。

 マンモス学園の中でも、その資産力で圧倒的優位な地位に立つマンモス学園トップ4人衆エム・フォー

 その一角をになう男子、登呂とろマサタカである。



 獣染みて眼光が強く粗野そや、粗暴な性質。

 荒くれ物の中でも喧嘩では負けなし―――であるはずだろう、そうに決まっている、と学園中から信じられている男子生徒である。

 信じていない者もいる。

 例えば名前を呼ばれてからずっとじと目をしている縄子など。


「気安く呼ぶんじゃないわよ、アンタ金持ってんだから、高く呼びなさいよ」


 それとも実はお小遣い少ないの?

 挑発の視線を送る縄子。


「縄子、てめー今日はマジ後で校舎裏に来いよ、あっ、体育館裏な! 今回マジだからな」


「今回は学んだわね。前回は場所がわからなくて流石の私も足が疲れそうになったわ」


「間違えんじゃねェぞ、国を揺るがす重要な話をすっぞ、この俺が直々に!一対一でだ」


「あんたこそ重要なことはきっちり言いなさいよ」


 互いに念を押したことで、クラスメイトが一斉に恐怖する。

 皆、顔が引きつっていた。

 バチバチだ、こいつら。

 視線で殺害し合っている。

 二者は笑みもなく見つめ合っている。


 なおマンモス学園は邪馬台国随一の校舎面積を誇るので、校舎裏の面積は広い。

 完全木造の体育館が四つ存在している。

 


 縄子は比較的わんぱくな育ちである。

 というよりもこの時代、そうでなければ生活できない。

 クラスメイトとの喧嘩、いざこざはあれど、重要ではない。

 狩りの上手さ、野生への適応が、重要だ。

 クラスメイトは端役に至るまで、全員獣並みの身体能力である。


「ケンカ?心配ね?あのおぼっちゃまを怪我させてしまわないかが心配よ。もう随分山を駆けたりもしていないんでしょう? そんな男、いくらでも相手するけれど?」


 あの男。

 傍若無人な言動と目つきをする男ではあったが、実際のところ、学園の金持ちだ。

 一族が力を持っていることもあり、狩りどころか全力疾走すら知らないだろう。

 そんな、縄子視点での推論だった。

 校舎裏というワードを聞いた時点で、異性からの告白されるかもという発想が一ミリも湧かない女だった。

 縄子は女子力ゼロである。

 女子力という概念すら存在しない原始の日本だ。


「いや、そこまでマウントを取る必要はないのだよォ~? マドモワゼル縄子」


 学内では、外来語を話すものがたびたび出現する。

 エム・フォーの加茂岩倉かもいわくらダイゴもその一人であった。

 面長で、絡んだ弦のような髪型をユサユサしている。

 見るからにナヨナヨした青瓢箪あおびょうたんな性質に、縄子は一歩後ずさった。

 学園中の女子から注視されている存在ではあるが、さっぱり魅力を見い出せなかった縄子である。


「あら、おはよう加茂岩倉カモさん」


「おはザオ、マドモワゼル縄子。 ……彼の無礼はいつものことだ、許してくだサイな」


 加茂岩倉は、毛皮を羽織っている。

 どんな動物かはしらないが、つるつるとゴテゴテが混在した表面。

 この地方に存在しない動物のものであることだけは、わかった。

 彼もまた家が裕福で、かなりの遠方から物々交換をしに来る客がいる。

 そんな一族家系の、跡取り息子である。


 邪馬台国貿易の、その黎明期を支える家柄であった。

 そのため、いろんな地方のが移って不思議な言動をする男子生徒である。

 登呂マサタカが無礼であるのなら、この彼は異質な礼、異礼と言えた。


「ユーとの距離感がつかめなくてパニクっているのさ~、フレッシュな反応ねぇ~!」


「ええい、聞き取りづらいわね、知らない単語よ。 でも距離感ならこっちだってつかめてないわよ、間合いのことでしょ?」


 手足を振り、風を切る音を鳴らす縄子。

 瘦身の富豪息子は、肩の高さに両手を上げる。

 ただ身振りのみで落胆した。


 その時である。

 ガラガラ、と教室のドアが開いた。


「大変だ!校長のところの歩地ポチが、また逃げたってよォおおお!」


 ざわっ。


「うえええ!」


「またかよ!!」

 クラス全員が悪態をついた。


 学園の生きもの係が飼育するペットが、一匹逃げ出したのである。

 おそらく午前中の授業は潰れるだろうと予想されるのだった。



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