第21話 傍から見れば仲が良いか 3


 いつも話しているイエくんに、教室でのことを尋ねてみた。

 それも雑談の範疇で。

 私が薪田先生に詰め寄られ恐喝(?)されたことは話さなかったが……家くん、教室、このあたりのワードに私が気を引かれたことは事実だ。

 

 教室で、何か良いことはなかったか、と話を振る。

 彼の笑顔を―――なかなか頻繁に鑑賞していたから。

 きっと教室でもそれなりに楽しく過ごしているに違いないと、私は思った。

 本当に疑いなかった。


 授業や、友達や、友達としていること……。

 先生に関して。

 生徒視点からの先生、教師はどう映る。

 学生が今、見ているもの。

 なんでもいい。

 最近どんな感じだい、というような。


 だまって私の質問を受けた彼は。

 困ったような顔ではなかったものの、困ったような様子だった。

 私の眼を見ずに草むしりを続けている。


「まあ―――せめて『群具煮』ぐんぐにるより面白かったら、な……」


 その時は考えますよ、とだけ言ったのだった。

 教室のことについて、彼はそう対応した。

 私は何も言えなかった。

 ふ、と少し息を吹き出すような彼の笑いは、いつもの、熱心に跳躍の話をする彼とは違っていた。


 その後はいつもと同じように過ごした。

 その日も彼からたくさんの話をされ、私もリアクションを返した。

 彼の知識量は凄まじいものの、週刊マンガ雑誌の、最新話の辺りについては正確に話さなかった。

 意外なキャラクターが好きになったりだとか、今後の奔放な予想を披露したり。

 ネタがバレることを避けているのである。


 このマンガのこういった部分が良いと思う、と。

 いわば攻撃だけでなく回避も上手いという―――そんな感じだ。

 そう説明すると少し違うかもしれないが、魅せられるものがある。

 それもまた、なかなか出来ることではない、この歳の人間が。


 そして私世代の―――年代モノ、長寿名作に関しては印象的な部分を遠慮なく指摘し、やっぱり最近のマンガとはシーンの重みが違いますね、などと持ち上げる若者だった。

 総じて、非常に楽しかった。


 マンガの話をするときには例の―――弾けるような笑顔になり、マンガの話をしないときはその笑顔は存在しなかった。

 それはいい。

 そうだ。

 彼はマンガが好きな生徒である。

 とてもとても、マンガが好きな生徒である。

 それはもう、しっかり理解していたはずだったのだ。

 それを好きなのはいい―――が、しかし。

 何かが違う。


 彼は。

 マンガに関心が強い。

 趣味人まっしぐらというべきか……?

 そんな生徒だ。

 そして、それは「良い生徒」だということにはならなかった。

 我々にとって、教師にとって都合のいい生徒でもなければ、心地の良い話し相手でもないのだと、思い知らされた。


 私の気分は確かに落ち込んでいた。

 彼の瞳はとても輝いていて、そのままその日の係活動を終えた。



「彼に、友達、は出来ないかもしれないね」



 一人になった私は、このあいだ口にした言葉を呟く。

 なかば思い付きのような一言だったが。

 ただ、当たらずも遠からずと言ったところか……。

 コンビニさんだとかの例外は存在してはいるが。


 教師として、私はもう少し彼に声をかけ続けることが必要だと感じた。

 彼はマンガが好きな生徒で、問題のない生徒というわけでは、ないのだった。

 多くの生徒と同じように。


 いささか心配である。

 一体どのような環境で育てば、彼のような人格性質が、つまり―――構築されるのだろうと。

 心配というか、気になりはする……自分が教師であるなしを差し置いても、センサーに引っ掛かりを感じた。

 彼のことを、可哀想な生徒だな、と思ってしまった。



 私と彼とは違う人間である。

 生徒と教師であるし、時間や周囲の人間、過ごす家庭も異なる。

 二者の考え方が違うのは、自然当然———正常だ。

 ただ、動揺してしまう私がいた。

 それもまた、年の離れた人間同士の触れ合いだと、自然なことなのだろう。

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