第19話 傍から見れば仲がいいか


「友達と別れた時———いや、別れる前からかな。どうやら一生懸命な、努力家ではあったみたいです……」


 その、は。

 逃げなかった。

 ただ自分は学校で逃げなかったと―――言っていました。


 学校で、努力をした。

 したと思う―――そして、友達がいなくなった。

 いなくなったというか、隣に行った。

 離れて行った。


 私は言うことがなくなってしまい、家くんから目を逸らす。

 もっとも、彼の方が、私を凝視することはあまりなかったが。

 逃げなかった人間、か。

 そんな人間が、学校で何かを手に入れることなど、少ない。

 私は現実というものをよく知っていた。




 ———————————————



 それから少し時期が開いた。

 とある秋の日のことだった。

 いつもの、家くんとの草むしりが終わる。

 彼が立ち去り、見えなくなった時に、女教諭に声をかけられて私は立ち止まった。


荒野あれや先生」


 薪田まきた先生に呼び止められたのだ。

 言葉の全てに厳しさをたたえたような口調に、背筋を伸ばす。

 おやおや。口に出しはしないが、苦手な先生だった。

 


 さてどうしようかと考えた。

 噂好きな人で、間の悪い時に近くにいる、と職員室では評判の先生だった。

 どうやら私を見ていたようだね。



 若き建野たての先生は、彼女のことを「いつも難癖をつけて怒ってくる。理由がない時にはまず怒ってから理由を考えてくるババア」と評していた。

 わざわざ私の席の近くで言わないでくれ、とその時は思ったものだ。

 巻き込むな、何かに。

 何か理由のわからぬことに。


荒野あれや先生、ちょっと良いですか」


 はっ―――はいぃ?

 私は言いませんよ、今、何も言ってません。

 建野たての先生が言っていたんです。


「彼のこと関しての話ですよ。生徒のこと。 ……建野先生がどうかしたんですか?後日、事情聴取をしに行きますからね。ふう、やることが多いですね、この教師しごとは」


 は、はあ。

 建野先生ごめんね。

 いやごめんじゃないなあ。なにしろ君が言ったんだからね。

 ハイ、巻き込まれました、と私は観念した。




 ―――――



 よく話す仲なのだよ、と私は話した。彼との関係を説明した。

 その事情聴取のような何かだが、いつもの中庭が視界に入っているためだろうか、緊張は少ない。

 それと、なんだかんだで私の方が年上なのである、変にへりくだることはない。

 私は別段、誇張もせず答えた。

 この委員会活動の一環ですよ。


「すごい、ですね……」


 目を丸くする、厳しい視線の女性。

 そんな、彼女のコメントに対し、疑問により、顎を傾ける私だった。

 すごいですね……、とは家くんの何に対してのコメントだろう?

 どのあたりが?と困惑を覚えたものだが、彼女の感覚というか視点では、そういった感想が出るらしかった。

 それが、薪田先生にとっての家くん。



 私としては、朝起きて、校舎での草むしりをする、その過程で彼と会って、みたいなルーティーン。

 習慣に組み込まれた事柄になっていた。

 そしてそういった習慣こそが、実は人から見ると特徴的だったりする。


「なんか、ずっと話していらしたので―――」


 彼女の話を聞きつつ、傍から見れば私と家くんは良い関係に見えるのかな、などと思った。

 だとすれば幸いだが。

 そうだ。

 彼女が家くんのクラス―――担任教師であるのかもしれない。

 その可能性も抱きつつ、足先を彼女に向けて話すこととした。



 彼について、知っていることを少しばかり話してくれた。

 授業で彼に教えたことがある。

 どんな子なのかわからない。

 一応、家くんに、友人らしき人物は何人かクラスにいて、笑い合う場面もあった。

 しかしその生徒がぽろっと、「あいつのことは良く知らない」と発言したところで、急に心配になったというのだ。

 クラスでの彼か、彼のことか。

 彼の情報、パーソナリティ、状況、その他もろもろ。

 私は、あまり気にしてこなかったかもな。

 その点だけ拾えば、私も悩むというか……あらら、というくらいの印象を持った。

 彼女は困惑しているようだった。


「同じクラスの子と仲良くするより、先生側わたしたちに……寄り添うことは。 そういう生徒は確かにいます。 ……彼も、そういうタイプなんですね」


 彼女は、そう言って笑った。

 先生は、悪人ではない―――と、私は理解している。

 それでも、私は微かな、いら立ちを覚えた。

 そういうタイプ、という部分にだけ。

 繰り返すが、悪人ではない。

 厄介なだけだ。


「出来れば、私にも心を開いてくれると嬉しいんですが」


 彼女の心境を整理するに、多少は驚いているようだった。

 私と彼の会話を見かけて。

 ……内容までは、聴かれていないはずだがどの程度まで知られているのだろう。

 いつも隣にあるのは、花壇や繁茂はんもする緑ばかりなのである。

 ただ、目撃されることも、まああるだろう。


 彼女はしばらく口元に手を当てて迷っていた様子だった。

 意を決したように、彼女は言った。

 質問してきた。


「あのっ……彼は、なんであんなに、つまり―――楽しそうなんですか?」


「!」


 彼女は思った疑問をそのまま口に出したようだった。

 私は吹き出して、中庭の四角い空を見上げて高笑いなどしてしまった。

 はーっはっは……。

 ううむ、先生がそうおっしゃるなら考えてみるとするかね。

 なぜ楽しそうなのか。


「楽しいからじゃあないかね……理由は、その理由はあるのだろうけど」


 色々あるんじゃないかね?

 悪いことじゃあないだろう。

 もう少し話そうか?

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る