第15話 心が変わること 2


 家くんと、いつもより遅くまで話したあの日から三日後。

 私は授業を終え―――まあ教える側だということで授業はするんだが、取り上げるほどのドラマは起こっていない、いつもの流れをこなしていただけだった。



 私は廊下を歩いていた。

 視界では女子生徒が三人ほど、集まっている。

 雑談中のようで、会話の途中から聞こえてきた。

 見た目、表情の明るさからするに、少しばかり活発な印象を受ける生徒グループだ。


「そうなんだー」


「うん、でもねーなんだろう江垣えがきさんって近寄りがたい?よねぇ」


「いやいや、どーせ楽しい奴に決まってるでしょーもう、ガチャ子と一緒ツルんで喋ってるんだから」


「なんか顔芸がうまいらしいよ」


「え、何それ」


「ガーレイで作画が崩壊した回の巻縞マキシマくんの表情ができるんだって」


「気になる………全く知らないけれどそれ、アニメ?」


「逆に近寄りたくねえわソレ……」


「話せるかなー……、ガーレイだったら私も知ってる、一回見たことあるし、いける」


「あー……アンタね、にわか仕込みなら、やめておけよ」


「そーねハズキぃー、アンタのそれってば明らかファッションっしょー?」


「うるっさいわね―、とにかく夏祭り前には、声掛けるん確定だからね?」



 皆で笑いあっている。

 友達を誘おう、というような話の流れに聞こえるが。

 ふむふむ、我が校は今日も平和なようだなあ。




 ―――――——




 例によって、定位置は中庭―――学び舎の美化を目的とする(実際には他にも仕事があるが)環境係である。

 ……どうも彼と一緒になるな。

 私は何も、彼だけと親しい教師であるわけ、ではない……と思っている。

 自分が教えている生徒もたくさんいる。

 だが私の授業を選択していない中では、彼の存在は際立っていた。


「家くんよ……この前キミと話したこと、私なりに考えてみたよ」


 彼は、その話など忘れていたかのような反応をして。

 

「……マンガを読んで楽しかったっていう話ですか?」


 うん。というよりも……家くんはその話ばかりだった気がするがね。


「それと―――二人で読んでいるのが重要なんだってことを言っていたね」

 

「……ええ? 俺ってば、そんなこと言いました?」

 

 そうは言ってないけどさ。

 そうにしか見えなかっただけだ。

 私から見て、そうにしか見えなかった……。


 今もなかなかのものだ、愉快だがね―――彼はちらちらと視線をどこかに散らした。

 全ての動作が面白いなー、と微笑ましさを感じる。

 そんな彼は自分のことを幸せだ、幸せである―――と自分を評価していた。


「大切にしなさい。 出会ったことを……大切にしなさい」


 私は心の底からそういったのだが、彼は何事か言いたげで、実際に何やらぶつぶつと言っていたが。

 ただ困っているように見える。

 良いことだった。


 彼には良き友人がいる―――その子が女子であろうと男子であろうと、それで毎日が豊かになっているのだ。

 それを単純に喜べないものが、家くんであることはわかったけれど。

 喜ぼうよ……そのことは。

 

 この高校には多くの生徒がいるが。

 いろんな生徒がいるが。


「いろんな高校生がいるが……しかしだね……」


 自分がどれだけ素晴らしいものを見つけたか、わかっていない生徒もいる。

 私はいなかった。

 私はいなかったぞ。

 確かに教室に生徒として居た頃。

 ああ、そうだ。

 私にもそんな時間があった。

 友達はいたが……話す相手はいたが……それだけだった。

 足りていなかった。

 ……何がだろう?

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