第5話 廊下でのやり取り


 その日、私は校内の廊下で、イエくんを見つけた。

 場所は二年生の教室練だ。

 ―――彼はこのあたりが通常の行動範囲なのだろう。



「…………!」


「…………。」



 聞こえない、私には何も聞こえない距離だった。

 内容は知らないが、彼らは、何か話していた。


 言い争っているようにも見えた。

 いや……言い争い、ではない?



「…………!」と、

 何やらまくし立てている側の大柄な生徒もいた。


 対して

「…………。」と、

 イエくんの、口が半開きとなって。

 あまり気の進まないような、困惑しているような表情が見えた。

 やがて、家クンはほかの男子生徒のもとに移動して―――その子と話していた。



 私は、一声くらい挨拶しようかと迷った。

 だが、彼が友達と向き合い笑っているのを見て、邪魔するのも悪いと思った。

 そして私は次の授業の準備をしつつ。


「あれが、『コンビニさん』……?」


 彼とよく話す生徒なのだろうか。

 そんな想像もしたのだが、結局、何もわからずじまいでその日は終わった。

 ……結局、彼のこと、彼の周りのことはあまり知らないなあ。




 ★★★




「コンビニさんはね……まあ、なんで『そこ』なんだろうっていうところをこう……言ってくることが多くて」



 今日も今日とて、例によって二人きりで草むしりだ。

 もっとも、周りを見やれば、少し離れた位置に他学年の子の作業する、背中も見えるのだが……。

 まあ、密集して全員でやる必要はないだろう。


「なーんか、やっぱり服装のデザイン? がすごいマンガとか紹介されてもね……ハイそうですかァーって感じで、言ってしまって反応できない」


 私は前日に廊下で見かけた、あの男子がコンビニさんなのかな、と想像していた。

 この時は、そうに違いないと思った。

 結局彼の話、口頭でしかその存在を知らない。

 ……存在、するよな?

 流石にそこは嘘じゃあないと思うのだが……。



「いや、別にいいんですけどね? ……いいんですけれど、昨日なんて影の付けかたが半端ねぇとか、言い出してどうしてそんな……不思議ですよ、絵描きでもあるまいし」


 いつもマンガ談議をしているとはいえ、彼とコンビニさんはいつも同意をするわけではないことも、わかっていた。

 私の聞いた感じの感触、印象。

 マンガのことでは完全なる同盟を築き、賛辞をていし合う仲―――では、ないようだ。


「というか先生、群具煮グングニルの続き読みました?」


「ああ―――蹴戸春 流雲ケルトハル・ルーンくんが出てきたあたりまではね」


「はっはー。火属性いいですよねー、あれでギャグになるんだからもう、キレッキレですよ。っていうか先生マジで詳しいですよねー、ウソでしょってくらい―――話通じますもん」


「はは、そりゃどうも」


 孫がね。

 好きなんだ……槍使い群具煮グングニル

 私も頑張ってあの可愛く小さな存在と笑い合おうと、必死で覚えてしまった。

 それが、その経験がこの高校でも生かされるとは……。

 こりゃあ、孫にありがとうだな。



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